【第ニ章】†ep.5 暗雲に吹く風††
―――……
リュシファーは、部屋でティーカップに入った紅茶を眺めていた。
それには一口もまだ口をつけずに、手の中でゆらゆらと揺らしながらぼーっと眺めているだけだった。テーブルの上にはもう一つティーカップがあるが、それは空になっている。
あの屋上でのあの呟きのせいで、ミグにそれを話さなければならなくなったため、雨が激しく降り出す中話すわけにはいかず、場所を変え、ここで話をしていたのだった。
レティシアの事を全て話す必要はなかったかもしれない――。
だが、あのレティシアと同じ吸い込まれる様な鋭い光を奥に秘めたミグの瞳で見つめられれば、何か隠しても見破られてしまいそうで怖いと思った。
全てを明かした後少し会話したが、ミグはやはりショックを隠せない様子で、最後に一言言い残し、つい先程去って行った――。
―――…
「――それは多分“箝口令”が出ているから、上位家臣たち以外知らされてなかったのだろうな。密かにこの“盟約の証”とやらを示すため、レティシアが産まれるのを三代にも渡り、この王国は待ちわびていたというわけだ。そして極秘に…暗下で話は進められて来たのだろう」
「……レティに漏れる可能性のある人物には、知らせないようにしてきた……」
「ああ……そうだな。――俺が聞いた話はそこまでだ。後は、三日後のレティの誕生日。その日が婚約の儀で、今夜――。夕食後にアイツに話すと陛下が仰られたようだ」
ミグはずっと深刻な表情で何か考えている様子だった。
リュシファーが煙草に火をつけ、白い煙を吐き出す。
「――アイツが、はいそうですかと承諾するとは…とても思えんがな…はは。『城を出るっ』だとか言い出しかねんな…ははは…」
無理にリュシファーは冗談を言った。
ミグの動きが一瞬止まったように見えたが、落胆の色を見せるとこう言った。
「…む、無理に決まってるだろ? アイツも説得すれば納得するさ。国と国との問題だ。こればっかりは何とも――出来ないさ…」
あり得ない事を承知で言ってみたという様子だったが、やはり肩を落としてため息を吐いていた。
リュシファーも、無理があるその言葉に苦笑いを浮かべていた。
ミグはお茶を飲み干すと、立ち上がった。そしていつもの調子に戻っている様子だが、少し面倒くさそうな微笑みも浮かべながら言った。
「ま、考えててもしゃーないから、俺もう行くわ。あ…邪魔したなっ――じゃ」
そして、背を向けながらリュシファーに向けて手を振り、ミグは部屋を出て行った。
そうは言っていたが、ミグの気持ちは痛いほどわかっていた。
何とかしてやりたいと思うのが兄弟心というヤツだろう。しかし、さすがに国と国での盟約に逆らう事など、誰にも出来る筈はないという落胆の色が伺えて、リュシファーはミグの後姿を見送りながら、やはり知らせない方が良かったかと、話してしまった事を少し後悔し、心も痛んでいた。
――――…
『考えててもしゃーないから――』か―――……
そうミグの一言を思い出して、リュシファーは時計を見て呟いた。
「…あと、2時間―――」
――――……
そして――。午後19時半――。
「姫様~? 夕食のお時間ですので大広間へ向かいますよ~」
レティシアの世話役の侍女マリアが夕食のためにレティシアを迎えに来た。
部屋はしぃんと静まり返り、見回してみたがその姿はない。ベッドに少し膨らみがあったため、今日は雨で少し冷えるから布団に潜り込んで寝ているのかと思い、微笑んでめくりあげてみたが、――いない。
「あ…ら――? ここにもいないわ。毛布が丸まってたのね…ふふっ、姫様ったら相変わらず寝相が悪いんだから。――それにしても変ねぇ……トイレかしら?」
マリアはトイレへとのん気に足を運んで行った。
しぃーんと静まり返った誰もいないレティシアの部屋――。
誰も入っていないトイレ――。
おまけにミグの部屋にいるのかとも思ったが、そこにはミグの姿さえない――。
では、エルトの部屋に…? とも思ったがそこにはエルトしかいない。
エルトも何をそんなにマリアが困っているのかと話を聞いて、騒ぎになる前に探した方がいいと気を回して、マリアと一緒に探したのだが、ミグとレティシアの姿は屋上にすらいなかった――。
どこにもいない二人は、一体どこへ行ったのか――。
マリアとエルト以外にも世話役の侍女、執事も総出でバタバタと二人を探し、結局、騒ぎになった頃には、既に時刻は20時半を過ぎていたという――。
騒ぎになってからは、夕食を食べていた兵士達も城下に駆り出され、二人を探すよう指示が出され、大騒ぎになっていた。
国王エリックはそれに憤慨し、世話役であるマリア、目付け役であるリュシファー、大目付役レイモンドも呼ばれ、三人を怒鳴りつけ、その後ろでは王妃リーディアがおろおろと困った顔でエリックを止め、少し落ち着いた国王エリックはリュシファーも二人を探すよう命じたのだった。
「は……」
リュシファーは勿論、その原因が自分にある事を知っていた。
しかし、立ち聞きしてそれを言ってしまった事などと、言うわけにはいかなかった。
申し訳ない気持ちになりながらそう返事をして、大広間を後にした。
一通り指示を出し終わった国王エリックは、席に座ると呆れ返った様に額に手を当ててため息を吐いた。
厳しい表情をその顔に浮かべ、そのまま頭を横に振ったかと思うと、こう呟いた。
「…この役…もう嫌だ……」
・・・・・・
少し変な空気が流れ、それを聞いていたリーディアがきょとんとしてエリックに顔を向けている。それに気付いたエリックは少しはっとして穏やかに言った。
「あぁ…リーディア、仕様だ――気にするな…あっちの話だ」
「??」
リーディアは何の事かと、最後まで困った顔をしながら微笑んでいた。
―――という作者のおふざけはともかくとして。
エリックは、二人を見つけるまで城には戻って来るなとまでリュシファーその他、大勢の兵士たちに告げていた。したがって、レティシアとミグを探す旅に出なくてはならなくなり、一部の者は旅支度に取り掛かってから後で合流するために遅れて向かい、ほとんどの兵は既に出払っていた。
また、レティシアとミグの姿が消えたという事は、あまり城以外の他の者に知られない様に、最善の注意を払い探すよう言われており、おまけに探さなければならない猶予は三日しかないため、事態は緊急を要していた。
リュシファーも、急いで部屋に戻り旅支度を整えるとすぐに城を出て行ったのだが、どこに逃げていったのかは見当もつかなかったのだった――。
――この、エンブレミア王国の双子、レティシア王女とミグ王子の失踪騒ぎ――。
暗雲の雲は、この風の抵抗を受け――、
流れを変えざるを得なくなろうとしていたのだった。
そして―――。
当の本人達は、一体どこに消えたのか………。
―――それは、本人達以外…
まだ誰も知らないのであった。
第三章へつづく。
第一章は長かったですが、第二章はそんなに長くありませんでした。
第二章まで読んでいただきありがとうございました。
今回はレティシアたちが出てきませんでした。
そして、少しエリックにふざけた台詞を言わせてしまいました。すみません。どうしてもやりたかったんです…。
では、第三章でお会いしましょう。