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【第ニ章】†ep.1 隠密行動†

 リュシファーは出来上がったレティシアの成績表を、国王陛下に報告に向かうところだった。東塔の階段を下り本館の3階の廊下を歩き、大広間へと足を運ばせていた。

 昼間の城内はわりと慌しく、侍女や兵士も廊下を行き来し、しかしそれはレティシアに授業をしている時間のリュシファーが見ていないいつもの城内の様子なのだろうと思いながら、その中をゆっくりと歩みを進めていた。

 すると前に見慣れない姿が目に止まった。

 髪は、くるくると巻き毛の金の髪を二つにリボンで結わえたツインテール――。服装は、紺色の魔法使いの服にとんがり帽子――。とんがり帽子を押さえながら急いでその少女は駆けていく。その後、少女は大広間へ向かう廊下の途中にある地下倉庫への階段へと、さっと消えていった。

「???」

 見えたのは後姿だけだったので、顔はわからなかったが背丈はレティシアと同じ位だった。魔法使いは、この城の魔術研究室に数人いると聞いてはいるが、見た事はない。若い女の子も研究室にいるんだなとリュシファーは思い、立ち止まっていた歩みを再び進め始めた。

 大広間は、廊下の突き当たりの階段を上がり、踊り場を更に折り返し階段を上がった中三階にあり、踊り場には少し外が眺める窓がついていた。

 リュシファーはやはり今日は天気がいいなと、そこで少し外を眺めていると、その視界には、先程の金の髪の少女が入ってきたので思わず目で追った。

「――ん?」

 少女が周りをキョロキョロしながら、裏口の柵の長い鉄の棒が外れる筈はないのだが、一箇所だけどうやら壊れているらしく、それを外し身体を抜けさせた後それをまた元に戻し走り去ろうとしていた。


「!」

 リュシファーは驚愕の表情を浮かべてしばし硬直していた。

 少女がこちらに見える方向に体を向けた時、顔が見え、それは紛れも無くレティシアだった事に気づいたのだった。

「く……あの馬鹿姫……」

 驚愕の表情から瞬時に呆れた表情へと一変させて息を吐くと、リュシファーは目を見開き急いで成績表を異次元空間へとしまう。

 レティシアとしてはうまく変装したつもりだったが、その整った可愛らしい美少女といった顔さえ見れれば、いつも顔を合わせている者ならばすぐにわかる。

 正門から抜けてどこへ行くか聞かれてもマズいので、自分も急いで地下倉庫への階段を下ると勝手口を抜ける。


 先程見て知った柵の壊れた箇所を外して抜けると、それを元に戻す。

 そして、このままの姿では城に関与する者だとばれると思い、パチンと指を鳴らし、髪と瞳は赤銅色、エルフの耳を人間のものへ。さらに吟遊詩人の格好に服装を変えると、急いで街の方へ走った。


 エンブレミア国の城下街――。

 久しぶりに出た街並を目の当たりにして、レティシアは、“人がいっぱいだぁ~”と、街行く人とすれ違いながら感激していた。

 街に魔法使いが歩いていることなど珍しくもない事なので上手く変装していたと思うレティシアだったが、くるくると巻いたツインテールの金の髪と、深々と魔法使いのとんがり帽子を被っていたものの、僅かにそこから覗かせる美しく可愛らしい顔立ちに、男がすれ違って振り返る程、何故か目立っていた。

 もちろん、本人はちっとも気づいてはいない。


 噴水のある広場に差し掛かった時、追って来たリュシファーがやっとレティシアを発見した。だが、『帰るぞ』と言ってもおそらく言う事を聞かなくて手間をかけさせられ、切り札をかざせば済む事ではあるが、すぐ帰すのも可哀想と言えば可哀想だとリュシファーは思った。

 今回、成績をちゃんと上げてくれた事もあり、とりあえず何かあれば助けるという事で、今は少し様子を見守るという結論に達した。ちょっとした“ごほうび”である。

 とかリュシファーが考えている内にレティシアの姿が消えている。

 慌てて少し探してみると、すぐに噴水の前で発見出来た。

「あ……なんだ噴水のとこにいるじゃない……か――!?」

 発見したのはレティシアだけではなく、レティシアより少し年上くらいの男が、レティシアに飲み物を買ってきた様で、渡しているところだったのだ。

 ……な…ナンパ……!?

 リュシファーの心配も他所に、レティシアは特に嫌そうでもなくお礼なんかを言っている。男が噴水の横にレティシアを座らせて自分も隣に座る。

 ――あーあ……アホか…、アイツは…。

「見かけない顔だけど、この街のコ?」

「あっ…いや、違う。た、旅をしてて。夕方になる前には宿に戻らなきゃならない――」

 ほぉ~……上手い事嘘ついてるな…はは…

「そうなんだ。映画のチケットが2枚あるから、良かったらどうかなーと思って」

 おいおい…断れ、断れよ……?

「エイ…ガ? …って、何?」

 がくっ……。あ……。そ、そっか。そりゃ王女様は知らんだろうな……。

「えっ…、映画知らないの? ほら、劇みたいな感じのが映像で観れてさ、面白いぜ」

 わー馬鹿っ。面白いなんてソレに言うなっ……


「ふぅん。映画というものがあるのか…面白いなら。じゃあ早く行こう」

 影ながらのリュシファーの心配も虚しく、二人はすぐ側の映画の館へと足を運んでいく。

 始終ツッコミを入れながら聞いていたリュシファーは、仕方がないので自分は自腹で映画の館へと入場し、二人が良く見える席へとついた。

 あ~ぁ……ほんとに知らんぞ。ったく手の焼けるやつだ…。

 …しかも、どうやら映画のタイトルからして思いっきりベタな感じだな。

 うん。これは嫌な予感が的中しそうだ……。

『許されざる愛という名のはざまで』

 リュシファーは顔をひきつらせながら映画のタイトル画面に目もくれず、二人を凝視している。

 大体なぁ…。こういうセンスの奴は映画が盛り上がったシーンで大抵…あーんなことやこーんなこととか仕出かすんだよ…世間知らずもいいけど、簡単についてったお前も悪いんだぞ…? わかってんのか? …あーなんか苛々する……。

 何も知らないレティシアは映画を真剣に見ている様子である。

 …ま、馬鹿姫がわかってたらついていったりしないか……。

 ……………。

 …ばぁか。

と、心の中で呟いて二人を睨みつけるように見ていた。

 しかし、リュシファーは退屈になり少し欠伸もしながら、少々映画も鑑賞しつつその時を待つことにした。

 映画は、政略結婚をさせられる公爵家の娘の話――。

 でも、娘には父親の目を盗み密かに恋仲になっている者がいた。

 突然の政略結婚の知らせに娘は屋敷を飛び出し、雨の中傘もささずにずぶ濡れで恋人の元へやってきて――という所まで話は進んでいた。

 ありがちな悲恋の映画だな…と馬鹿にしながらも少しまともに見ていると、ついに場面は恋人が一緒に逃げようと娘に言う所まで進んでいく。

『駄目よ! …そんなこと許されないわっ…』

『構わない…! きっと君を守ってみせる…明日、船を頼んでおくから一緒に逃げよう』

『ああっジュリアンッ……』

と泣きながら二人はキスをして愛し合うらしき、いわゆる見せ場のシーンがやって来た時だった。リュシファーの予想通り、何やらレティシアたちの様子がおかしい。

 後ろに手を回し始めた男がレティシアを引き寄せ始めている。

 ほーら、言わんこっちゃない……。だが、俺が今出て行って騒ぎを起こすと、ちと面倒だな…。ま、あの性格だ。怒って逃げ出すだろう……。

 そう思った時だった。


「い…嫌だって言ってるのがわかんないのかっっ! もー帰るっ!」


 ………それは、全くの予想外だった――。


 さすがのリュシファーもまさか静まり返った館内で、レティシアが大声で男を怒鳴りつけるとは思ってもみなかったのだ。

 周りがざわついている。リュシファーも唖然とし、男も同様に唖然としている。

 しかし、走り去るレティシアを追うために男が血相変えて出て行ったので、リュシファーもすぐに追う事にした。


 映画の館を出ると二人の姿はどこにもなかった。少々唖然としすぎて出るのが遅くなってしまった様だ。

「仕方がない…上から探すか」

 そう言ってリュシファーは呪文の詠唱もなしにその身を浮かせた。

 魔法を使って高く上昇した空中から見下ろすと、走って逃げるレティシアを先程の男が追うのが路地の方に見えた。

「あの馬鹿…路地なんかに入ったら男の思うツボだ…やれやれ」

 街の地理もよく知らないレティシアが、人が二人何とか通れる位の細道をくねくねと走り抜けていく。それをしつこく追いかけていく男の動向を、リュシファーは悠長に高見の見物をするように腕組みをしながら眺めていた。上から見ると迷路に迷い込んだ者の動向がよくわかり、一足先にその目でレティシアの向かうゴールを辿って呟いた。

「あ~ぁ……駄目だ。もう逃げ道がない。…ったく、さて――とそろそろ出番だな。行ってやりますか…」

 男はレティシアを追いかけながら、さすがに地理は良く知っている様子で、その口元に笑みを浮かべて走るのをやめた。

 一歩一歩、ゆっくりと歩みをレティシアの方へと進めていく。

「!?」

 振り返りながら走って進んでいたレティシアも、先が行き止まりである事にようやく気づいた時には、後ろは男が陣取っていて逃げ場がないことに愕然と立ち止まった。

 男の方を向き一歩男が近づこうとする分、自分もゆっくりと一歩後退する。

「…街の地理にはさすがに詳しくないみたいだな。…ちょこまかと手間かけさせやがって……でももう後ろはないな」

 男の言う通りレティシアの背中は次の瞬間、冷たいコンクリートに当たった。

 左右を見渡しても上を見ても、レティシアが逃げられそうな道はない。

 更にはこういう時に限って、剣も異次元空間にいつもならあったが、先程、暇を持て余していた時に中を整理して部屋に出してしまっていた。

 …ひ…必要な時に~っ、私の馬鹿っっ。代わりになる様な物も落ちてないし、魔法使いの格好というだけでろくに魔法も使えないし……。ま、まともに魔法習っとけば良かった……。

 レティシアは手も足も出ずに、近づいてくる男に怯えた目を向けるだけである。


「怖いのかなぁ? 君はそんな顔も可愛いね…。ここは人があんまり来ない所だから…そこに逃げてくれるなんて、お兄さんは助かったよ…ははっ…はははははっ」

 レティシアの怯える様を楽しむかのように、男はゆっくりと近づいていく。

 しかも、さりげなくお兄さんと言いレティシアを子供扱いまでされた事で、レティシアは苛々としない筈もなく、その目で男をきっと鋭く睨みつけている。

 ……万が一などと考えてもみなかった――。

 睨みつけはしているものの、恐怖心に心臓をばくばくさせながら構えていると、ついに男の手がレティシアの腕を掴む――次の瞬間だった。




ザバーーーーーーーーーーッッ……!




「!?」

 滝の様な凄い勢いの水の柱―――。

 腕を掴まれ怖くなり目をきつく閉じて悲鳴をあげようとしていたレティシアが、突然の音とともに自分に跳ね返って来た水の雫の冷たさに、目を開いた時――。

 上から勢いよく落ちるそれはかなりの水圧をかけながら降り注ぎ、男はその重圧に耐え、身体を支えているのがやっとといった様子で、レティシアの視界のほとんどを大きな水柱が遮っていた。

 男は後ずさりながら濡れた髪を前に垂らし、髪からは水の雫がポタ…ポタ…と雫に変わるまで、目を真ん丸にして愕然としていた。

 一方、レティシアは、愕然と言うより唖然といった様子でそれをしばし見ている。

「な…なんだっ…!?」

 男が我に返り、前髪を目が見えるように掻き分けてそう言った瞬間。

 スッと目の前に一人の男が素早く上から降り立つ。

「!」

 突然降ってきた男にレティシアは驚いて、思わずぺたんとその場に座り込んでしまった。

 吟遊詩人の様な格好をしており、白い地に薄紫色の配色が綺麗な衣装を身に纏い、長い赤銅色の髪の毛は後ろで一つに束ねている。背丈は男より少し高くスマートだ。

おそらく高位の魔法を使いこなすのか、何故か只者ではないオーラを放っている気さえする。

 魔法が使えない者であっても感じることができる圧倒される様な物腰に、レティシアは声も出ない。


 …な、なんかとんでもないヤツが現れた……。

 どうする? 

 逃げる…しかし逃げ道は塞がれている!

 ――というくだらない事を考えて現実逃避までして二人を交互に見つめていた時、男はその謎の吟遊詩人に向かってお決まりの台詞を言った。

「…だ、誰だっ……!?」

 謎の吟遊詩人は怖いほど物静かに答える。

「――悪いですね…。これ以上コレに用があるんでしたら……、今度はちょっと怪我でもして頂くことになりますが……どうしますか?」


 親指を立て後ろにいるレティシアを“コレ”と指したことでレティシアは驚いていた。


 そしてその口調は丁寧で穏やかなのに、言っていることは確実に脅し――。

 何故かとてつもない恐怖をレティシアは感じて、脳内では自分がそう言われている様な気になり、びくっとしてしまう。

 穏やかに言われる脅しの言葉が如何に人を恐怖に陥れるか、知っていた。

 どこかで聞いたことのある様な声色な気もしたが、吟遊詩人に知り合いなどいない。

 吟遊詩人の後姿を怪訝そうに見つめているしかなかったレティシアを、さっきの男がちらっと見たので、レティシアは怯えた様な目で後ずさった。視線を再び向けた吟遊詩人のその手に、パリっと小さな稲妻が発生し始めている。男は顔を青ざめさせ、口元も少し引きつった。


「雷を用意してみましたけど、炎の方がいいですか? それとも風? …全部混ぜる事もできますが……?」

 吟遊詩人は言葉の順序通りに、何故か詠唱もなく手の中に準備する法術を少しずつ変化させ、小さな稲妻から炎の揺らめいたものへ…、そして小さな竜巻へと変え、更には辺りに強い風が巻き起こり始め、見た事もない小さな竜巻に炎と雷が合わさり、物凄い威力を発揮しそうな魔法を、その手で少しずつ威力を強めて生み出していく。

「!」

 コ……コイツ…。…た、只者じゃない……っ


 レティシアが驚愕して、後ずさる距離はないというのに後ずさろうと座り込んだままぴったりと背中を壁につけ直す。

 顔色を一気に青ざめさせながら男は一歩一歩、後退してついに一気に後ろに向き直ったかと思うと、「ひーーーー」と言いながら情けなく走り去っていった。


「……逃げたか…」

 やれやれとその様子を見送った後、その吟遊詩人はレティシアの方に振り返る。

 びくっとしてレティシアの身体が反射的に後退する。

「ん? 何だ…後ろに下がって。…怪我はないか? 馬鹿姫」

「!?」

 先程までとは全然違う口調で、しかも自分の正体がばれている上に、自分の事をよく知っているみたいに吟遊詩人はそう言った。

 こちらに向いた吟遊詩人の男の端整で綺麗な顔は、呆れた様に微笑みを浮かべて手を差し伸べている。レティシアは自然に頷いてその手を借りようと手を伸ばしたが、やはり思いなおし手を引っ込めた。

「な、何者だっ……」

「……へ?」

 一瞬、間が空いて少し意外そうな表情を浮かべていた吟遊詩人はゆっくりとレティシアの前に今度は微笑みながらしゃがみ込む。もちろん警戒してレティシアは怯えた表情をしていた。

 顔を覗き込む様にレティシアを見ていたが、どうやら本気で自分の事がわかっていない様子に、仕方なくリュシファーは髪の色だけ元に戻してみせた。

「…これでもまだ――わからないか?」

 レティシアが口を『あ』の状態にして、声は出ていないものの唖然と驚愕の表情で自分を指差すので、ようやく正体がわかっただろうと思いやれやれと髪の色を元に戻す。

「さてと――。帰るぞ。馬鹿姫」

 少し微笑んでリュシファーは、固まっているレティシアの左手を勝手に引いて前を歩く。

 レティシアはそれに引っ張られ、立ち上がるとリュシファーの後ろに続いた。


「あっ…。ちょ、ちょっとっ…」

 ――何も、リュシファーは聞かなかった。…ただ、『帰るぞ、馬鹿姫』と言って、ずっと無言で手を引いて歩いただけだった。危機を免れて安堵してたからか、珍しくリュシファーに“馬鹿姫”と呼ばれても、怒る気にはならなかった。

 そして、心の中で呟いた――。


 ――ちぇ………。


 後ろを振り向かずただ歩くリュシファーに繋がれていない右手で、

 レティシアは自分の目を擦った。

 レティシアのその目から見える街並みは、


 少し霞んで見えていた――…。


 ―――…


一言で言えば正義の味方回。

いざって時に助けてくれて、聞いて欲しくない事は言わないでただ手を引いてくれるリュシファーの距離感は、なんとなくいいですね。なんだかんだでちゃんとレティシアの性格を把握してそうしたんでしょう。

それにしても、どうやらリュシファーは実は凄かった様ですねという感じの回でした。

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