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【第一章】†ep.8 おとな†

 …………

 

 ――――…

「……ん…」


 いつものベッドから見える天井に、白いベッド――。

 黒く透けた上品なレースのついたカーテン。ベッドの柱に左右束ねられたそのカーテンのついた天蓋ベッドの上で、レティシアはその目を覚ましていた――。いつもの様にランプが一つだけ灯っているが、いつ自分が眠りについたのかはわからない――。周りに視線を配ってみても誰か人のいる気配はない。しかし何となく先程まで人がいた様な気がする――…。

 何故かわからないが少し重い身体をゆっくりと起こすと、目の前には濡れたタオルが額からずり落ちてきて視界を遮った。それを手に取るとタオルはまだ冷たい様だ――。ふいに自分の額にも触れると、そのタオルのひやりとした感触がまだそこに残されているが、次第に熱を帯びてくる――。

 ――その状況は、自分が少し熱でもあったことを告げていた。

 そして、ベッドの真隣に配置してある棚を台にするように洗面器が置いてあるのを発見し、中をよく見ると水が氷が解けた状態で入って置いてあり、それはこのタオルを冷やすための物だとわかる。

「?」

 さらに目を配った視線の先――。

 ベッドの傍にある椅子の上に何枚かの紙と赤インクのペン、それに何冊かの本も置いてあり、こちらに移動させたと思われるベッドの高さ位の低めで手頃な大きさのテーブルの上には、見覚えのある葉や実などの入った瓶も何種類か置かれていた――。

 レティシアはそれを見てすぐに、そこにいた人物におそらくではあるが誰かということに目星をつけたのだった。


 ――そう。天才的な経歴と医学の心得までもを持つ、レティシアの教育係兼目付け役である『リュシファー』の名前しか見当はつかなかった――。

 きっと自分は熱を出し、それを看病していたのだろうとレティシアは悟った。


 カチャ……と、静かにドアが開いた。


「ん? レ、レティ……! 気がついたか? あーこらこらっ、まだ起き上がっては駄目だ。大分落ち着いたものの、まだ熱がある――」


 布団から上半身だけ起き上がっていたレティシアを慌てて寝かすリュシファーは、今日のテストの時にしていた細い黒縁の眼鏡をかけていた。その様子から、ベッド横のランプの明かりだけが灯るこのレティシアの部屋の室内で、ずっと看病しながら本でも読んで側に付いてくれていたのが伺えた。

「……ついててくれたのか? 面倒をかけたな…」

「いや…いいさ。俺は医者の様なものだ――。当然のことだ。とは言っても、薬飲ませた以外はタオル替える事くらいしか特にする事もないしな……。ほとんどの時間は、今日行ったテストの採点と、今後の勉強プランについて頭を悩ませていたさ……」

 リュシファーは優しい口調ながらも、疲労の色を見せながら言う。

「ぅ……。テストの………採点…?」

 先程、椅子に赤インクのペンと何枚か紙があったのを思い出したレティシアが、明らさまに嫌な顔をしている。

 ため息を吐いてから、がっくりと落胆する様にリュシファーが答える。

「――…そーぞー以上に、成績が悪かったんでね~…。まさかこれ程までとはね…」


「そ…そんなに?」

 ほとんど出来なかったとは言っても、そこまでリュシファーが頭を抱える程悪い成績とは思ってなかったレティシアは、少し苦笑交じりだが、本気でため息をついているリュシファーの話題を変えるべく、レティシアはわざとらしく時間を聞く――。

 そう聞かれて、あくびまじりにリュシファーは眠そうに答える。

「――4時20分……」

「えーっ、ね、寝てないのか? 寝てもいいぞ、別に。それとも、隣に寝るかっ?」

 少しリュシファーの機嫌を取るように言われたそれは、さらにリュシファーの調子を落胆させることとなる。一瞬、驚いた顔をした後、呆れたように少し微笑みながらリュシファーは首を横に振ってため息を吐いたのだった。

「…お前というヤツは……。そういう訳にはいかないことくらい…。知らんのか? 教育係と王女様が同じ布団で寝てたら、大騒ぎだろ。―― それに、いつ熱が上がるかわかんないしな。お兄さんはなー…こうして、看ていないといけないのだよ。はは…」

 さりげなく今度は自分の事を“お兄さん”と呼び、レティシアを子供扱いして来た事に、かちんと来たレティシアは、否定しながら食ってかかる。熱があるというのに元気なものだと、からかう様に少し意地悪い表情を浮かべつつも疲労の色は隠せないのかリュシファーは、冷めた目でこう言った。

「――まだ十分、子供だと思うが…?」


 ガーーーン。

 はっきりと言われたそれに、レティシアはダメージを受け、しばらく驚愕の表情を浮かべていたが、熱があるというのに起き上がって必死に否定した。

 しかし、言葉を訂正しないリュシファーの様子に、ついには、洗面器のほとんど溶けかかった小さな氷を手にとって投げつけていく。

「こらこらっ、冷たいだろうっ…わかったわかった。もーいいから寝ろっ。子供はおとなしく寝るんだ。…ったく…お前は今、病人なんだからな?」

 小言を言いながら、少し疲労した様子のレティシアを大人しく布団に寝かせて顔を覗くが、レティシアはすねた子供の様に不満そうにこちらを向き、

「――子供じゃないもん。」

と、まだ一言だけ否定の意志を述べたのだった。


 そんなに嫌なものなのかと一瞬、リュシファーはかなり呆れたが、体調が悪くても気力は元気な様で安心もしたので、洗面器をレティシアの手の届かない床に降ろしてから安堵した――。

 そして、リュシファーは、やれやれといった様子でため息を吐いたかと思うと、レティシアに意地悪く微笑みかけながら棚に片肘をついた――。


「――ほ~ぉ……“大人扱い”して欲しいんなら、別だけど…?」


 意味ありげなそれは意地悪そうではあるものの、わざと――。

 どこか色めいた様な優しい声で言われたものだった。

 レティシアがきょとんとした表情の後、その意味を真剣に考えている様子で頭を抱え出していたが、だんだんその表情は困った顔をし始める。

 そしてとうとう降参したのか、レティシアは答えた――。

「よ…よくはわからないが、ちゃ、ちゃんと…っ――大人扱いしろっ…」

 意味が解らず恥ずかしかったのか、レティシアは珍しく可愛らしく小さな声に弱まり、少し照れくさそうに答えた。命令調であったものの大真面目に言われたその発言に、リュシファーは思わずふきだすように笑い始めてしまう。

 もちろん、意味は解っていないというのも知っていたが、子供ではないと必死に否定している割に、でも実際は子供であるとはっきり表わされてしまっている今の発言は、おそらく誰もが笑ってしまうだろう――とリュシファーは笑いが止まらなくなっていた。

 それに対し、突然笑い出されたレティシアは、自分が何か変な事言ったのかと少し恥ずかしくなって何なのか尋ねると、目から涙を少しリュシファー浮かべてまで笑いながら答えられた回答の言葉は、全然言葉になっていないものであった。


 ――なんとかして聞こえたのはここまでである。

「だからな…よ、よくわかんないのに…っ、俺以外にっ、ぷっ……ひー駄目だ。言えない――ちょ、待って。あっははは…っ」

 ……『よくわかんないのに』『俺以外に』…と、そこまで説明しようとして笑いがこらえられなくなったのだろうというのはわかるが、聞いたところをつなげてもよく意味が解らない――。

 

“よくわかんないのに俺以外に”……何なのだ? さ、さっぱりわからん!!

と、レティシアは混乱していたが、でも気になって仕方がないので聞こうとするが、目の前の男はとても答えられる状況ではなさそうである――。

 そして、少し待つのだがそのうちに怒りがわいて来て怒鳴るように言った。

「なっ…何だっ…笑ってちゃわからないっ…ちゃんと言えっ!」

 その声にリュシファーは手を目の前に差し出して“待て”という様なジェスチャーをしながら、なんとか平静を取り戻しかけ、レティシアに『だから、よくわかんないのに俺以外に、大真面目に“大人扱いして欲しい”なんて言っちゃ駄目だぞ? 勘違いされても知らんからな』って言ったんだと、一応わかるような言葉で言って来たが、実際はもっと笑いが含まれていて途切れ途切れだった。

 しかも、それは何故か答えなのか妖しいところだ――。

 ちゃんとした答えを気になっている様子のレティシアを、リュシファーは全く相手にせずに魔法でさっと氷を洗面器に入れ、レティシアの額のタオルを水の中に入れて冷やし、レティシアの額に乗せる。そして頭をよしよしと撫でた。

「さぁて、お子様はイイコだから寝ようなぁ」

と、気持ちが悪いくらいにやにやしている――。

 ものすごく侮辱された様な怒りを感じてレティシアはその手を振り払った後、しつこく聞いてみたのだが、リュシファーは面白がるように濁されてちっとも教えてはくれなかった―――。


 そのうちレティシアは諦め、ふて寝する事にしたのであった。


 ――だが、時々思い出したかのように笑いをこらえるのが聞こえて来て、なかなか寝付けけなかったことをよく覚えている。


 ―――――……

 

 ……………


 ――なかなか寝付けないと思っていたレティシアだったが、ちゃんと眠りについていた様子で、気がつけば外はもう明るくなっていた。

 時計を見ると、いつもならもうとっくに朝食が済んでいる8時を少し過ぎている――。

 ――もう、隣の椅子にリュシファーはいない。

多分、あれだけ朝まで看病していたのだ、さすがに今日は寝たのだろう。

 しばらく、ぼーっとしていたが熱は落ち着いた様に思ったレティシアは、トイレに向かうため布団から出て、部屋を出ていく。

 真正面の廊下までのドアが先に見える通路を歩き、扉を抜け、トイレまで向かうために廊下を歩いていると、前からミグがレティシアの姿を発見して駆け寄ってくる。


「――レティッ…! おっ起きて大丈夫なのかっっ?」

 パタパタと駆け寄ってくるミグに、レティシアは元気そうに笑顔で答えた。


「あ、おはよーミグ。なんか心配かけたみたいで、悪かったな。体調も別に悪くないしさ、トイレ行こうと思っ――わぁっ…!」

 話をしていたミグの顔しか見ていなかったレティシアは、途中でミグのその頭上から額に向けて突然伸びた何者かの手に、少し驚いて声をあげた。

 しかし、それは心配そうな面持ちでやってきた――兄、エルトの手だった。


「――いやっ、大丈夫ではないっ。昨日よりは良いかもしれんが、…まだ少し微熱がある。トイレが済んだらちゃんと寝てるんだぞっ? ――悪いがミグ、俺の代わりに送ってってやれ。じゃあ、私は用があるので行かねばならんのだ。ではまたな――」

「あ…あぁ……、――了解」


 ミグがそう返事をするのも聞かずといった様子で、エルトは足早に下の階へ降りていく――。 不思議そうにあっけにとられていたレティシアは、ミグから『今日からしばらく父上の遣いで、ダムルニクス王国へ旅立たれる事に今朝決まった様で、準備で忙しいみたいだ』とエルトの急ぐ理由を聞かされた。


 ダムルニクス王国は、幼い頃レティシアも一度遊びに行った事があるとレイモンドから聞かされた事があるが、幼かったので全然覚えていない――。


 ダムルニクス王国――。ルーセスト大陸の南東の端に位置するエンブレミアからは、はるか西に位置する王国である。その国を訪れた多くの者は、水や森に囲まれたその美しい緑に目を奪われるといわれ、またその王国の王族達は代々美しい声色を持ち、一声歌えば小鳥さえその音色に聞き惚れて周りを取り囲むともいわれている――。


 争いを好まない平和な国でもあった。


 ――だがそれは、エンブレミア王国が国王エリックではなく、4代前のエンブレミア王国国王バルディアの治める時代は争いも絶えなかったことも背景にいれなければならないだろう――。


 何度か行われたそのエンブレミアとの争いにより兵力の差は激減し、押され始めていたダムルニクス王国の戦況は劣勢を余儀なくされていく最中、はやり病に倒れたエンブレミア王国国王バルディアに代わり、今から3代前の女王フレイア(唯一の女性の国王)が即位してから、状況は一変した。女王フレイアは争いを望んではおらず、先代から続いていたために争いを続けていただけであった――。


 兵力が残り少なくなっていたダムルニクス王国の状況を報告を受けるなり、使者を送り、当時のダムルニクス王国国王ヴァリウに、『これ以上の争いは無駄であり、互いに同盟を結ぶこととしましょう』という盟約をダムルニクス王国に掲げ、国王ヴァリウもそれを承諾し、やっとこの争いは終わりを遂げたという――。

 女王フレイアの慈悲により、その現在の美しい国は守られたというの話が残っている――。その盟約の元に、ダムルニクス王国がエンブレミア王国と同盟国となった今でも、その血生臭い歴史は、忘れてはならないのである――。

 現在のダムルニクス王国国王ノイエル様は、男性ながら女性に近いといった様な風貌で、声も女性の様に澄み、優しい物腰であるが人柄の良い人物であられると、何度か国の執務で足を運んでいるエルトに聞いた事があった。

 エルトが大急ぎで駆け降りていった階段を見つめて、レティシアは「ふぅん……」と呟いていた――。

                       

 ――――…

 朝食を運んできたマリアが、レティシアの口におかゆを食べさせていた。

 一度、マリアが心配でレティシアの様子を5時半くらいに見に来た所、リュシファーは寝ずに看病し続けており、かなり疲労していたのか椅子でうとうととしながらも 毛布を掛けたマリアにはっと気付いては、慌ててレティシアの額のタオルを取り替えたりと、一生懸命看病していたことをその時に聞かされた――。

 そして、レティシアにも休養が必要だという事で、国王がリュシファーには暇を取らせ、今日は部屋で休んでいるとも言っていた。

「食事が終わったら、静かに姫様もお休みになっていてくださいね――」

「…あぁ。――わかった」

 レティシアは、昨日のリュシファーの様子を思い出していた――。

 確かに疲労の色を見せながらもリュシファーは側につき、看病してくれていた。

 私がふて寝してからも、ずっと看病を続けてくれていたのだ。……無理もない。

 食べ終わった後に水分を摂るようにと変わった味のフルーツティーを淹れた。特別美味しいわけではないが、悪くなかったので飲んだ後に聞いてみると、実はリュシファーが作った薬だった様だ。

 額に乗せたタオルを替えると、マリアはレティシアが飲み干したそのカップを下げて、部屋を出て行った――。

 

 ……私はまた皆に心配をかけてしまったのだな――…

 今日は大人しくしていよう…と、ぼーっとそのままベッドの上の天井を見つめていた。

 レティシアは、少しだけ熱が上がっている様に少しずつ眠くなっていき、レティシアはまた眠りに落ちていったのであった――。

 ―――――…


つづく。

気がついたレティシアに対して、相変わらずリュシファーは子供扱いしてからかってます。

ええ、レティシアは素で何もわかってないんです。

ほーーーーーんのちょっとだけ大人回でした。

あと、ダムルニクス王国とエンブレミア王国の関係性についてもここらで入れました。


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