05.晩餐
今日は一家団欒の夕飯だ。じゃあ普段は散り散りで孤食っかって言うと、そういうのでもない。一家団欒は往々にしてある。如実にある。
けど、今日は特別な一家団欒の日だ。パーティーだ。次女の園美が大学を合格した。薬剤師を志して薬科大学を受験していたが、無事合格した。春からは大学生になる。
マイペースでのんびり屋。そして心根の優しい彼女。縦割りの会社組織の中、又、跳梁跋扈ののさばる組織では、踠き、喘ぎ、嘆き、苦しむのは火を見るより明らかだった。
そこで亡き義母も含めた両親の、
「園美は資格など取って誰にも干渉されない、未来像の方が合ってるんじゃないかな」
という助言で、父が理系だったこともあるので、薬剤師の資格の取れる薬科大に受験した。
正直、園美は理数系が得意かっていわれると、そう秀でているわけでもない。だから両親は当初、大学の進学=将来像に繋がる薬科大の進学に舵を取っていいのか、かなり迷ったそうだ。そして園美と両親とで意見の擦り合わせを行ったが、のんびり屋の彼女は良く言えば呑気。悪く言えば世間知らずのお嬢様育ちだったので、就職という将来像は何も浮かんでいなかった。
そんなこんなで、両親の思い描く青写真のまま薬科大に進むことに異論を持たず、進学した。受験の年に義母が亡くなったことで、「両親の想いを遂げるんだ」と尻に火が付いて、昼夜問わず猛勉強した。奇しくも合格発表の本日。お父さんの胃癌の三ヶ月検診の結果発表と重なった。無論、こちらも問題なかった。
と言うことで、荻原家に何の澱みのない晴れ晴れとした、一家団欒の日となった。今日はお父さんのリクエストで手巻き寿司。園美はケーキが食べたいとのことでショートケーキ。お父さんはケーキは控えた方が身体に良いとのことで、その代わりプリンが与えられた。
太っていて大食漢の園美は、これまで受験勉強の為、血糖値の高くなり勉強が身に入らないのを危惧されて、貴実子から食事制限を言い渡されていた。
三度の飯と寝ることをこよなく愛していた園美は、この締め付けにストレスを溜めていた。受験勉強を深夜まで行いもう寝るだけだといった所で、皆が寝静まった所を見計らって、冷凍している食パンにバターをたっぷり乗っけて焼き、餡子を付け、食って寝るという悪行を何度か行っていた。
翌日、食パンが減っていることを幸枝に見つかり、貴実子から大目玉を食らう、なんてことも度々あった。そんな一家の小競り合いを掻い潜って無事、園美は今日に至った。
待ちに待った、とばかりに普段は上げ膳据え膳の園美だが、小間使いよろしく幸枝の手伝いをして、普段よりも三〇分も早く家族全員に集うよう声を掛けた。
そして園美自ら音頭を取るとして、
「みんなの協力で合格出来ました。それとお父さん無事でなによりです。では食べましょう。頂きます!」
と合掌して、食べ始めた。
するとまるで親の敵のように、園美の口腔内にパクパクパクパク、手巻き寿司が吸い込まれていき、てんこ盛りにされていたご飯、海苔、おかずが瞬く間に消えていった。その光景を見て唖然とした家族全員であったが、生命体の本能が働いた。
こうしちゃいられんと、貴実子、幸枝、和葉までも火が付き、早食い競争の体を成した。
手術前まで酒飲みだった父は、食事というと、摘む、物だった。その頃の習性が色濃く残っており、手巻き寿司は後にして、海老の頭の味噌汁などで喉を潤していた。
どうせ全摘したので、多く食べれないんだ。残り物でも一口頂こう、と思い、子供達の旺盛な食欲を高みの見物として構えていた。
しかし、一度堰を切った園美の満腹中枢は完全に麻痺しており、飢えた獣のように貪っていった。
食べる食べる、貪る貪る。
先に口にした手巻き寿司が喉を通る前に、新しい物を詰め込む。更には次はどの具材にしようかと目を光らせる。
普段不器用な園美だが、食事となれば触手が働き、品を隈なく見通している。
そうしてイクラやウニは、即完。鮪やサーモン、ヒラメなどのめぼしいおかずも食べ尽くされ、残るはイカと茹でエビとカニカマと卵焼きが一つずつとなった。
お父さんは、イカも茹でエビも消化が悪くて食べれない。そんなことを考えてると、貴実子が最後のイカを食べた。残るは三品。お父さんに取っては、カニカマと卵焼きの実質二品。と思っていると、幸枝が茹でエビを平らげた。
よもやこれほどの食欲だとは。子供だと思って侮っていた。お父さんはさすがに動こうとした。そんなこんなで二の足を踏んでいると、最後のカニカマを和葉が取った。
残るは最後の卵焼き。最後、園美が箸を伸ばそうという所を、何とか声にした。
「卵焼き。お父さんに頂戴」、と。