背中の寝言
美容室を後にすると、電車を乗り継いで、2人はソウの家に向かった。
「遅くなったね。明日も仕事だろう。早く寝ないと。」
ソウが言った。
「先生、すごく素敵になった。」
サワはソウを見上げた。
「寝坊しても、もう寝癖はつかないよ。」
そう言って短くなった髪を触った。
「外来の師長、けっこう厳しくてね。」
「先生がぎりぎりにくるからでしょう。それにお母さん達ってみんなキレイにしてるから、先生がだらしないと信用しないよ。」
「昔、長岡先生が、まだ小児科の外来をしていた時、子供が熱を出しているのに化粧をしてやってくる母親を怒っていた事があってね。そんな暇があるんなら、子供を見なさいってきつく言っててさ。」
「長岡先生、そんな時もあったんだ。」
「サワだって、よく怒られたていただろう。新人でNICUに来た時、なかなか赤ちゃんを触れなくてさ。」
「そうだね。触ると赤ちゃんが壊れるんじゃないかって、初めはすごく怖かった。」
「だけど赤ちゃんは、みんな触ってほしいって待ってるだろう?大人だってそうさ。」
「ねえ、先生。」
「何?」
サワは言いづらそうにソウの手を握った。
「何?」
「あのね。」
ソウはサワの肩を抱き寄せると
「一緒に暮らそうか。」
そう言ってサワの背中を包んだ。
冬の始まりに運んできた風は、冷たい空気の中に、少しだけ、頬を撫でるような優しさを連れてきた。
暖かくなった部屋の中では、もう上着はいらないね。
先生。
永遠なんて本当にあるのかわからないけど、そんな事を求めなくても、一緒にいる時間はこんなにも尊いものだね。
明日、先生が私の事を嫌いになっても、こうして同じ時間を過した事は、ずっと忘れない。
もしかしたら、時間が経って思い出のゴミに捨てられるもしれないけど、今はこれ以上ないくらい、先生と離れたくないって思えてくる。
どんなふうに伝えればいい?
どんな言葉で話せばいい?
「さっきから、ずいぶん、お喋りな背中だね。」
ソウは言った。
「先生はなんでもわかるんだね。」
サワはそう言って腕の中で目を閉じた。




