楽譜07.エスケープ
雪原の中で繰り広げられる戦闘、ソノタの圧倒的力の差で焦ってテトラの曲を聴いてなかった。しかし、彼の必死の呼びかけに立ち直った私は、反撃を向ける。
「コードは出せるようだな」
ソノタは攻撃を避けることを想定していたようだ。現に表情は私を下に見ているよな、腹の立つ表情。
実力は本物だ。彼の曲に呑まれそうになった。聴こえてくる曲は、私の行動力を潰すような、重々しい音。テトラがいなかったら、想像するだけ、恐ろしい。
「これでも、結構焦ってたんだよ」
「それでも尚、お前は笑っている。それほど相方の曲が好きなのか?」
好きに決まっている。今まで、生きていた人生の中で、美しい音を創造できる者は知らない。狭い世界の中で留まっていた私を彼は、曲で引っ張ってくれた。好きになる理由がない。
「好きだよ、まだ出会って一夜しか、経ってないけど、音楽一直線、最初はクールな人なのかって思ったけど、全然違った」
音楽のことになると、子どもみたいに話は聞かずに走ってしまう姿に呆れる。けど、それがテトラの魅力。その欠点が愛おしいとまで思う。
「テトラの好きを叶える。そうすれば、私も幸せでしょ?だから、私は思いに全力で応える。」
大馬鹿者だ。愚か者だ。昨晩あんだけ、覚悟したのに曲に耳に傾けなかった。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。私はテトラのことを知らないから、もっと知ろう。まずは、私たちの曲をソノタへ届ける。
「良く言う」
さて、おしゃべりもここまでだ。互いに武器を再度握り直す。
砂漠のガンマンを彷彿させるように、互いはタイミングを伺う。
「リピ・デフテロ」
先に攻撃を仕掛けたのは、ソノタ。無数の弾丸の雨が私へ向けられる。
直ぐにテトラから創造される曲を聴き取る。大丈夫、しっかりと聴こえている。曲を信じて身体で表現しろ!
「ハラ・トゥリト」
曲と私の動きがピッタリと合った感覚がした同時に、サーベルから虹色の五線譜が滝のように湧き出た。
キラキラと輝く五線譜が私を守るように包み込む。五線譜が弾丸に当たるが、身体に痛みは無かった。これは五線譜のシールドだ。
「イロハ新しいコードだよ!」
「見たよ、テトラすっごいいい気分」
心臓の鼓動が早く感じる。興奮して仕方ない。コードは曲が盛り上がる時。
この瞬間のために奏でているようなもんだ。
テトラはまだ私に曲を届けてくれている。この戦い。曲を理解した者が勝つ。
自分の曲だけじゃない。相手の曲を聴くんだ。コードは曲、作りて、語り手の心が合わさった時に出せる。相手の曲を理解すれば、攻撃の予想も可能だ。
『テトラ相手は、私たちとは違って同じ曲の繰り返しで合っている?』
『うん、前半はパイプオルガン中心のパート、後半はチェンバロのパートで合っているよ』
曲に合わせて、コードが出ているのだ。よく言えば乱れのない曲。悪く言えば変わりのない曲だ。
『感化派VS精密機械の戦いだね』
『でも、イロハ相手の曲理解できている。きっと大丈夫』
私達は感覚的にコードを出してる。対して彼らは彼は精密機械のように正確なのだ。コードを出す感覚がある。それが強みであり、弱みなのだ。僅かな情報だが、予想するしかない。
出来るか、わからない。失敗したから状況が今よりも悪くなる。私は動いていられる体力はない。テトラもずっと、曲を創造するとは限らない。
「テトラ次で決めよう」
「うん、曲の最後を飾ろう」
攻撃のタイミングは、楽器が切り替わる瞬間だ。これに賭ける。本当に私の悪い癖、敵のくせに曲に惚れてるなんてな。残念で仕方ない。
今もっているトップスピードを出す。テトラが先程まで、落ち着いていた曲がクライマックスのように盛り上がる。調節してくれている。コードが出しやすいようにしてくれた。これなら、いける!
「ハラ•デフテ…!!」
私がコードを繰り出す瞬間。目の前が轟音と共に雪や木々が舞い上がった。強い突風に瓦礫が私を襲い掛かる。同時に耳には信じられないほどの耳鳴りと痛みが伴う。耳を塞ぐが全く効果がない。
「何よこれぇ!耳が痛い」
塞いでる手に生暖かい何かが付着する。手元を見ると、赤黒い血だった。
血?何で?状況を処理できないまま、フリーズしてしまった。テトラの声も遠のいて行く。まだ、曲が終わってないのに!まだ私もソノタの曲が終わってないのに!
「オン源カタストロフィだ!」
オン源カタストロフィ?こっちは理由もわからない中、立て続けに起こる出来事ににサーベルを雪に突き刺し、なんとか意識を保ち続ける。
「喜びの楽譜ここで燃やし尽くす!」
しかし、私はソノタの戦いに夢中で、背後の政府の人間に意識がそれていた。
敵にとっては私を殺すチャンスと名ばかりに拳銃を向ける。
本格的に視界が霞んできた。何も出来なく、私は呆然と立ち尽くした。
「ヘードネー・プロト」
コードの詠唱が優しく耳に入ってきた。視界が回る中、ぼんやりと見えたのは、乱暴な口調でおなじみのセレナーデさんの姿。
組織の紺色の制服ではなく、優しい光のような黄色を貴重にした服。あのデザインはセレナーデさんのドレスコードだろうか?
守ってくれたことのお礼を言いたいのに考える頭は、ここで限界だった。杖のように持っていたサーベルを力なく離し、私は冷たい雪の上へ倒れこんだ。
明日も更新します。引き続きイロハの旅を観てくれると嬉しいです。