楽譜32.この空の向こう
「イロハ、話してくれてありがとう」
静かにお礼を言う、ディアリマの表情はとても穏やかだった。私は嘘をついていた事に怒られるとばかり思っていた。
「私貴方の縁が切れてしまうと思った」
「切る気ないよ。ディアリマが望まない限り」
私だって知らない地で、素晴らしい出会いをした彼女との縁は簡単に切りたくない。それは、彼女が望む望むなら、どんな選択でも受け入れる。
「そう、この縁は切れちゃいけなの」
ディアリマはフルートを持つ反対の手で、私の手のひらをそっと握る。まるで、自分の気持ちを必死に伝えようとするように。
「学校行ってないの。この間話したわよね?学校の皆は音楽は、お金のためにしか考えてないって」
「うん、覚えているよ」
私の言葉にディアリマは頷き、ゆっくりと話し始めた。昨日まで知らなかった彼女の本当の心の奥が、少しずつ、姿を見せ始める。
「ある、コンクールがあってね、上手になるために練習をしたわ」
思い出すように、ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ姿は、見ているだけで、私も悲しい思いになってしまいそうだ。
「私だけが練習しても、皆はある程度演奏ができるようになったら、練習をしない」
現代では、よくある光景だ。音楽はオン源の生成が目的。どれだけ自分の個性を磨いても法律の影響で、自由は制限される。
だから、周りの人間は音楽に熱中しない。ただの生活をするための道具にしか思えない。
「私はそれが嫌だった」
それが嫌だった。彼女には音楽の自由が無い。失望感は少し前の私だ。
彼女の顔を見て分かる。この表情は私達レーテのメンバーと同じ、音楽の自由を求める顔だ。
「それで、真面目に練習をしようって言ったら、白い目で見られてしまって、『下手くそが口を出すな』って…わかっていたの」
法律で固められた思想は一人の力では、変えられない。それが現代の姿だからだ。分かっているが、現実を受け止められない。ディアリマの心の叫びが私の心に訴えている感覚だ。
「私が一番クラスの足を引っ張ってるて」
それは、違う。それは方法を知らなかったからだ。
「なのに、でしゃばって」
でしゃばってない。貴方の純粋さが今の時代に合ってないだけ。
「嫌われてしまうわよね」
私の周りにも音楽に熱中している人間は、居なかった。だが、じっちゃんがいたから自分の思いを溜め込まずに、僅かな自由があった。
でも、ディアリマは一人でずっと、ずっと、抱え込んでいたんだ。
「それで、私は学校に行かなくなって、今に至るわ」
「ディアリマごめんね、嫌な思いをさせてしまった」
こんな話絶対にしたくないのに、彼女は勇気を出して最後まで話してくれた。謝罪の言葉にディアリマは首を横に振る。
「謝らないで、私嬉しかったの」
「嬉しかった?」
「貴方の出会いよ」
ディアリマは、先ほどの表情とは裏腹に悲しさはない。ただ楽しかった。と言葉で体現したようにふんわりと笑みを浮かべる。
「下手でも、最後まで教えてくれて」
「それは、ディアリマはすごい熱心だったから」
「私も貴方の熱心さに惹かれた」
互いに今まで言葉に出なかったことが次々に出てくる。それは、昨日まで想像しなかった。本当の友のように…
「貴方の熱意は政府と対立しても関係ない。ただの犯罪者じゃない」
私を見つめる真っすぐな桃色の瞳は一切視線を逸らさない。私もそれに答えるように瞳を見続ける。
「イロハは、音楽の自由を求めるために戦ってるんだよね?」
「そうだよディアリマ」
私の胸の内にある想いは、もう隠せない。ディアリマはすべてを理解し、考えを見抜いていた。
「私は個人的な理由で組織に入った。だから、ディアリマを巻き込みたくなかった」
「そうね、だからイロハ組織の事を何も言えなかった」
「一日、一日と上達する貴方を見て私は、組織に入って欲しいって思った」
私はなんて、自分勝手なんだろう。巻き込まれて欲しくないのに、危険な地に誘いこむ。自分は悪魔なのだろうか?
「どうすれば良いか、私分からないの」
わからない。言っていることが正解なのか、私は正解を見つけ出せない。だから、ここからは、相手に頼る。それが私の正解への道なのかもしれない。
「なら、私はイロハにお願いする」
彼女に選択を委ねてしまった。ディアリマに辛い選択をさせている自分を責める気持ちが、胸を締めつける。
「レーテにいれて頂戴イロハ」
本日も観ていただきありがとうございました。テトラとイロハは相棒的ですが、ディアリマはそれとは違う関係を考えて書きました。




