楽譜01.アンテーゼ
政府が決めた音楽法第一条
「自由に音楽を作ってはならない、奏でてはならない。」
この法律のせいで一般人は自由に歌や曲が作れない。じゃあ、偉い人になればいいのでは?と考えるけど、現実は甘くない。立場が変わっても、音楽は制限され続ける。
「じっちゃんただいま〜」
「帰ったか、早く手伝え」
学校からの帰宅早々、祖父ことじっちゃんは、すぐに私に手伝いを頼んでくる。まだ、帰って1秒も経ってもないのに!全く孫使いが荒い!
「はーい手伝うよー」
「はいを伸ばすな!」
「うるさいね、頑固者!」
仕事を手伝って欲しいのかな?これが人に頼む態度なのか?と疑ってしまうが、これがじっちゃんだ。
「うわぁ、今日も修理品多いな」
私の手伝いは楽器の修理。この世界は音楽無しでは成り立たない。
例えば、部屋のライトや車の燃料も、音楽から作られるエネルギー、オン源が生活を支えている。
かつて化石燃料が枯渇しかけた時代に、先人たちが新たなエネルギー源として、発明したオン源のお陰だ。
「バイトでも雇ったら〜」
「うるせぇ、他は当てにならん。今の時代楽器職人だけじゃ食っていけねぇからな」
じっちゃんはアイチ一番の楽器職人。腕を見て遠くから楽器のオーダーメイドの依頼があるほど。もうひとつは、政府から依頼された楽器の修理だ。
「時代の流れだよね、自分だけの楽器って安くないし、学校の皆も一般流通している楽器しかないから」
数千年前は、楽器を持つ人間なんて、音楽家や趣味の人間だけだった。今はオン源の誕生によって、自分の楽器を持つことが当たり前になった。
「オン源も生演奏の音楽じゃなくて、データ化した音楽で、生成できたらな〜」
「オン源がポンポン出来たら、碌なことが起こらん。変なことを考えるな」
そう、オン源はデータ化した音楽からは生成できない。これがネック。オン源は基本生演奏の音楽からしか得られない。
それがあるから、職人達の仕事が必要なのだ。
「ほれ、修理も立派な仕事だ、さっさとやるぞ」
「はいはい、やりますよ〜」
「はいは一回だ!」
「はい!!」
今日もじっちゃんに叱られぱなし、でも、楽器に不備があったら大変だ。人々の生活のため、今日も持っている知識を絞り出す。
ーー✳︎ーー✳︎ーー✳︎ーー
「ねぇ、試し弾きしていい?」
「あまり、長く弾くなよ」
「うん」
修理した楽器は、最終調整で楽器を弾く必要がある。不備がないかを確認するためだ。これは修理屋の特権だ。
ヴァイオリンを顎と肩で挟むように支え、弓は強く持たず、優しく引けば私の動きに合わせて、美しい音色を奏でてくれる。
「いい音だな〜やっぱ楽器は素晴らしいね〜」
「弾きすぎだ!バカ孫が!」
弾き終わった途端、頭にズッシリとじっちゃんの鉄拳が落ちてきた。
これが本当に痛い。だって、楽器を持っているから、弾きたくなるのは仕方ない。
「痛い!暴力反対!」
「うるせぇ!いつも、グレーゾーンなんだよ、いつか、政府に拘束されるぞ」
「わかってよーもう!」
試し弾きが無かったら、絶対に手伝いなんて、しない。
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ノルマが終わったら、お楽しみタイムその2へ突入だ。これは、じっちゃんにも秘密のこと。部屋の引き出しから、書きかけの楽譜を取り出す。
「これが音や歌詞があればどんな、ものになるんだろう」
そう、自分が作った曲だ。完成していない名も無曲。
もし、自分の曲を色んな楽器で奏でたら、どれだけ素晴らしいことか、毎日のように想像してしまう。今日も書きかけの楽譜に音符を書く。
「試し弾きのおかげかな?さっきから頭の中に浮かぶ音が、鳴り続けてるような?」
時間を忘れて、書いては消しての繰り返し。自分が納得するまで何度でも、なんか、今日はいつもより、書く手が止まらない。
「早く寝ろ!」
「わかっているよ!」
いつも思うけど、24時間じゃ、時間が足りない。もっと、曲を書きたいけど、続きは明日にすれば良い。
楽譜を束ね、引き出しにしまい、布団に入った。お布団がふかふかで気持ちよく寝れそうだ。
労している身体に身体が沈んでいく。沈みかけていた意識は、玄関先の言い争いに覚醒してしまった。
「なんだ!お前たちは!」
「黙れ!規格外のオン源が、この家から発生している!さっさと入れろ!」
いつも以上に声を荒げているじっちゃんと、知らない人の声に恐る恐る部屋から玄関を覗く。
玄関では政府の人間が、じっちゃんを抑えていた。全く理解が出来ず放心していると、政府の人と目が合った。
「お前!許可なく曲を作っているな!」
「え」
一発で私の隠し事を言い当てた。なんで、バレてるの?政府の人はオン源と言った。
オン源は音楽からしか生成出来ないのに何故、オン源が発生してるの?
「答えろ!」
「あの、えと」
尋問の声に私は何も答えられなかった。自分のやってる行いが、犯罪なのは知っていた。
それでも、この世に美しい音楽がある限り、私は妄想する。
自分の作った曲が自由な演奏で、奏でられる。いつか叶えられる願いを込めて毎日、毎日曲を作っていた。
「少佐、ありました。楽譜です」
私が放心している間、尋問している部下が私の楽譜を取り出していた。すると、政府の人は鬼のような血相で私に声を荒げる。
「貴様、曲を作るなど死刑にありえるぞ!」
「違う!それはワシが作った曲だ!」
「黙れ!女の部屋にあるのに、なぜ貴様の物になるんだ」
じっちゃんが苦しく答える姿に私は、胸を締め付けられた。ごめんなさい。ただ、今の私は謝罪の心しかなかった。
「政府さん、その曲は私が作りました」
私はひざまずいた。誠心誠意私の気持ちを政府に訴える。悪いのは、私。自分勝手で欲のために犯罪を犯した。だから、じっちゃんは何も悪くない。
「死刑は私だけにしてください。お願いします」
心臓がバクバクと鳴り、冷や汗が止まらない。じっちゃんの顔が脳裏に浮かび、悔しさで胸が張り裂けそうだった。
「潔いな。よし、楽にしてやる」
沢山の後悔が渦巻く。言いたいこと、いっぱいあるのに、せめて、あの曲だけは完成したかったな。 拳銃を構える音が耳に入る。私は、この場で死ぬんだ。そう、悟った。
死を覚悟をして、目を閉じる。身体に余計な力は入らなかった。部屋中に銃声が響いた。しかし、私の身体に痛みはなかった。
顔を上げると、拳銃を構えていたはずの政府の人が床に倒れていた。
「やっと、見つけた俺の作り手」
凛として透き通る声が耳に響いた。黒曜石のような黒色の髪。空色のような青い瞳の青年が現れた。
一体何が起きたのか、理解できない。もしかすると、夢じゃないのか?と疑ってしまう。
「その楽譜、君が書いたの?」
「うん」
この青年も政府の人間ではないのか、全部見終わったら、殺されてしまうのか?考え彷徨う中、青年が楽譜を束ねて、私に渡してきた。
「間違いない。これはハラの楽譜」
「ハラの楽譜?」
これが、後に相棒となる、テトラとの出会い。私の作った曲は一体何なのか?頭がパンクしそうな一夜が始まった。
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