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第1話

「……大事な話がある」


 いつもは冗談を言ってヘラヘラしている玉城たまき先生が神妙な顔つきをしながら教壇の前に立つ。彼は俯きながらどこか気まずそうな雰囲気を纏っている。


 何かを察したのか、つい数秒前まで雑談で溢れていた教室が一瞬にして静まり返る。


 心の準備が出来たかのように息を吸うと、玉城先生はやっとのことで口を開ける。


「僕たちのクラスの佐藤さんが昨晩交通事故に遭った」


 彼は一息でそう言い切り、静かに息を呑む。隙をすかさず教室のあちらこちらで生徒がひそひそと話し出すが、雑音に教室が呑みこまれる前に、場を制すように玉城先生が咳払いをする。


「僕も詳細は知らされていない。たった数分前に学校に連絡が入った。今のところ命()()別状がないそうだ」


 緊張がほぐれたのか、そのことを聞いて何人かが息をほっと吐き出す。


 だが、俺を含めた何人かは彼の含みのある言い方に気がついているようだ。


 再び間を置いてから玉城先生は続ける。


「命はとりとめたものの、彼女は残念ながら……記憶喪失状態になっている」


 その言葉に安堵の息をついた数名が再び凍りつく。


「回復の見込みは……あると思いたいが現在の状況では何も断言できない。ただ、回復は出来ないかもしれないという覚悟だけは持っていて欲しい」


 彼はそう言うと教壇に両手をつく。それは威厳のあるものでは無く、まるで今にも崩れ落ちそうな自分を支えているかのようだった。そんな彼をクラスの皆は気まずく黙って見つめる。


「……以上だ。なにか情報が入り次第君たちにも伝える。一日の最後ってのに悪かった……気をつけて帰れ」


 絞り出すような声で彼は言い残し、俺達からは顔を背けながら教室を出る。


 担任が部屋を出てからも、誰も声を出したり動いたりしようとしない。ただ単に座って俯いているだけ。


 ――無理もないだろうな。


 佐藤(ひびき)。高嶺の花という一言で表したくもあるが、むしろそれは彼女の「モテる」ということ以外の人格を蔑ろにしているようで気に食わない。もちろん男子からの人気が少ないわけでは無いが、彼女は言葉の通り誰からも好かれるような人である。


 人格は非の打ち所が無いほどに聖人じみている上、仕草の一つ一つに無駄がなく品がある。もちろん顔も整っているが、周りの女子からは妬まれるどころかむしろ憧れの対象ですらある。


 そんな彼女は本当に誰とも仲が良かった。だからみんなこんな気まずそうにしているのだろう。


 そんな彼女と現在唯一接点を持たない人がただ一人、このクラスに――否、この学校にはいる。


「おい、火宵ひのよい。今だけでも空気読んでくれないか」


 黙祷のような雰囲気を破るように俺が立ち上がると、あいにく俺の後に座っている山田龍二(りゅうじ)が俺に声をかける。彼は勝手に自分がクラスのリーダーだと思っているようだが、実際するべきことはしっかりするし周りも彼に対して不満を抱いていない。


 しかしそんな彼にお構いなく俺は鞄を手に取り、教室の後方にある扉に足を運ぶ。


「おい」


 無視されたのが気に食わなかったのか、俺の行く手を阻むように立ち上がる山田。俺は俯いたまま彼の横を通り過ぎようとする。


「いい加減にしろよ」


 やはり俺を通す気は無いのか、彼は片手で俺の胸ぐらを掴み顔を近づける。


 彼と目が合う。


「……ごめん、離してくれる?」


 無表情のまま素っ気なく彼に聞くと、気のせいか山田からなにかのスイッチが押されたような音がする。そして二度考える間も無く彼は余っているもう片方の手を挙げ――


「やめて!」


 拳が俺を目掛けて振り下ろされる寸前、一人の女子が泣き声混じりに叫ぶ。ちらりと目線だけで確認をすると、彼女は歯を食いしばりながら両手に拳を握りしめて立ち上がっていた。


 彼女は確か今俺を鷲掴みにしている人――山田の彼女、かたみさきだ。


「いや……こいつが」


 いつ大泣きしてもおかしくなさそうな彼女に対してどんな言葉をかけるべきか、おそらく山田は悩んでいるのだろう。


「もう……やめて……八つ当たりは……だめ」


 彼女は崩れ落ちるように席にすとんと座り込み、顔を机の上に埋める。周りにいた女子たちがこちらにギロリと視線を向けたかと思いきや、すぐに彼女を慰めに机の周りに群がる。


 山田の手から力が少し抜けたのを確認すると、敵対的な印象をなるべく出さずに彼の手を振りほどく。山田はなにか言おうと口を開けるが、ちらりと型代さんの方を見るとその口を再び閉じる。


 一連の出来事が引き金となったのか、教室ではまるで計画されたかのように一斉に会話が始まる。


「まじでやばくね?」


「ちょっとまって本当に無理」


「火宵ってやつまじでないわー」


「人の心ないだろあれ」


 背後から聞こえてくる怒りも悲しみも蔑みも、俺はどれも耳に入れない。


 だってこいつらは。


「あいつの本当の名前すら知らなかったくせに」


 誰にも届かない声で呟き、俺は教室を後にする。












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