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俺、セミ三郎と申します。  作者: 富永真一
3/4

憧れのセミ之介との一騎討ちレース

話を元に戻そうか、俺とセミ之介と飛んだレースがあったんだ。俺らのレースっては一騎打ち。二匹が一緒に飛んで競う。そのレースの組はどうやって決まるかっていうと、これは単純明快。


俺と勝負しろって申し込んでそのレースを組むわけだ。華麗に飛ぶセミ之介とか力強く豪快に飛んだセミ雄なんかは、休む暇もなく飛び続ける。


一レース飛んだだけで俺なんか半日休まなきゃ隣の公園の木に樹液を吸いに行けないくらい疲れるのに、奴らの並外れた体力には舌を巻いた。要するにモノが違うんだ。


セミ之介とのレースはよ、そりゃ一生の思い出よ。あ、これは内緒だけど、やっぱり飛び出すときにこの俺、ちびりました。おちっこちびりました! うん。あれは口の周りに残っていた樹液が飛んだんだってことにしてうやむやにしたけど、それ嘘。


樹液なんか飛ぶわけねえの。で、景気づけでも、体を軽くするためでもねえの。そりゃーびびるでしょ!分からなきゃ、一回飛んでみなよ。みんなが見てる中、セミ雄みたいに途中で鳥に食われちゃうかも知れないんだぜ、空のレースではよ、俺たち()ゼミは命懸けで空を飛ぶのさ。


しかも相手はあのセミ之介。三日前から果たし状を渡して、準備して、セミ太との練習通り飛べるかなってさ。そういう晴れ舞台を前にすれば、誰でも不安になる。前のレースが始まった頃、しょんべんしとこうと思ったら、俺のすぐ下にセミ代がいることに気づいてさ、さすがにこのまましょんべんしたら、セミ代の頭に丸かぶりだろ。そりゃしょんべんなんぞできねえ。


かと言ってレースが次に迫ってきてるのに、隣の木に移ってのんびりしょんべんなんてドタバタしてたらレースには出遅れる。俺がセミ雄みたいな豪傑だったらよ、びしゃー!って思い切りセミ代に頭から浴びせて、「ごめんな、お前がそこにいるの気づかなかったぜ。じゃ、一っ飛びしてくるからしっかり見とけよ」で済ませられんのによ。


なんて考えてたら、いよいよ出番が来て、急いで立ったら、漏れた。それもちょろっと申し訳程度に。「きゃっ」っていうセミ代の声に動揺して、俺の出だしは更に遅れちまった。


もともと専攻逃げ切りタイプだから、俺は、うん。最初に出遅れちまうと不利だ。それに前に相手が見えてるとどうしても自分の飛びに集中できねえ。追いつこうと思うとして、どうしても硬くなって自分の飛びができねえんだ。


だから俺の飛びの勝ちパターンはフライング気味に飛び出して無我夢中で一気に勢いだけで飛んでいってゴールまで刺しきる。あの時はそれはできなかった。


セミ之介はよ、そりゃあすごかったぜ・・・奴と同じ時代の蝉として生きられて良かったって思わせるだけのものは、確かにある。


スタートも合図と同時に飛び出すフェアなスタート。最初はしばらく俺の前を飛んでたけど、勝負してる相手だってことを忘れさせる飛びだなあ、あれは。本当に、羽ばたいてなんかないよ、紙飛行機みたいに、羽が動かないそれでいて、風を味方につけて飛んでいくんだな。



レースの中盤、そんな形勢不利な俺にもチャンスが来た。セミ之介が電信柱を回った時、ばーっと音がして大風が西から吹いてきて俺の前を行くセミ之介をコースから弾き飛ばした。


運よく俺はセミ之介を吹き飛ばした風が去った後に悠々とその電柱を回ることができた訳だ。それを見ていたゴールの木に止まっていた男ゼミたちは沸いた。その大きな歓声と女ゼミたとの声にならない悲鳴が遠くまで聞こえてきたよ。


「行ける!」俺は叫んだよ。あのセミ之介を食える!後は真っ直ぐゴールに突っ込むだけ。ゴールが近づくとそれだけ歓声が大きくなる。女ゼミのざわざわめきもすごい。これだけ俺の勝利を喜ぶ仲間たちがいる、俺の気持ちは最高潮だった。


勝利を確信した俺の横を、ゴール手前でセミ之介が何の音も立てずに抜き去っていった。


俺たち蝉は飛んでる最中に風の塊とか、小さな塵にぶつかるんだけど、あいつは(ぼん)(ぜみ)とは違って、決してぶつかるって感じじゃねえ。何ていうかな、向かってくる風を乗りこなすって言ったら近い気がする。


風の塊の上に体を反らせて乗っかって、するりと塊の向こう側にいっちまう。風を越える度にスピードが増していくんだ。ありゃあ、天才だ。


俺はその度にその風の塊に正面からガツンとぶつかって失速する。実際セミ之介と俺の飛ぶ速さはさほど変わらねえし、俺のフライング気味のスタートダッシュの時のスピードは多分奴にも負けねえさ。


でも、風の乗り方方、塵のよけ方、そういうの積み重ねが折り返しからゴールまでの間に俺と奴の差を縮めていた訳だ。


正直ショックだったぜ。翌日まで俺は鳴けなかったくらいだ。おまけにセミ之介はすぐに次のレースに飛び立っていった。


奴は挑戦状を絶対に断らなかったらしいから、一日に最低二〇レースはこなしてたらしいぜ。やっぱり俺とは持って生まれたものが違う。今でも奴の後ろで聞いた心地よい羽音と割れんばかりの歓声の中を音も無く俺を抜き去った奴のことは思い出だよ。


レース中の奴の後姿、その向こうに灰色の電柱が立っててさ。そのずっと向こうには青い空に入道雲、深緑の山々。レース後も鳴り止まないみんなの歓声。負けたけど良くやったって、友達はみんな言ってくれたんだ。


こんな空が俺たちに与えられてるってのに、易々と人間なんかの虫取り網にかかって小さな籠なんかに詰められてたまるかって心底思うよ!セミ之介には完敗したさ。でもあのレースが俺のベストレースさ。


                つづく

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