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俺、セミ三郎と申します。  作者: 富永真一
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セミ三郎の青春

 俺、セミ三郎と申します


羽ばたこうとする度に聞き苦しい羽音が響く。今の俺はきっとさぞかし醜い飛び姿を晒しているんだろう。

「ふーう・・」

鳴こうにも上手く鳴けやしないじゃねえか…


 気がついて薄目を開けると俺は大きなドアの前で横たわっていた。いつの間にか眠っていた。見覚えのある家の前だ。オレンジの光が照らしている硬いコンクリートの上に仰向けになっている。背中に当たるコンクリートは前に比べると冷たいな。一度このコンクリにセミ太と並んで休憩してた時は、この陽の当たらない場所はひんやりして、それが気持ち良かったのにな・・・今こうして一人でひっくり返っている背中には冷たすぎるぜ。


「そう言えば・・・どうしてセミ太と俺はこんなところで二人で冷たいコンクリの上でいたんだっけ? あの頃はみんな元気で楽しかったな・・・・・・」


昨日の夕方から羽に傷みが出て思うように飛べなくなってきた。傷みといっても別に痛いわけじゃねえんだ。思うように飛べなくなったと思ったら、羽の先が変形してんだよ。どこかにぶつけたのかな? ひょっとすると記憶まで覚束なくなってきやがったな・・・


「おい!セミ太!」

セミ太、返事もしねぇ・・・

奴は数日前、お天道様がまだカンカンに照っている真昼間から、ちょっとおかしくなりやがったな。俺とセミ次郎とが向かいの公園から帰ってきた時に木の根元で(うずくま)ってるセミ太の奴を見つけたんだったけ。それから、奴は急に狂った様に飛び回る時があって、かと思うと土の上でじっとしている時もあったりで、何かおかしくなってた。


俺は奴をその頃から見ていないよ。

あ、そうだった! あの時俺はセミ太とレースの練習をしていたんだった。俺らセミにはよ、レースっていうのがあってよ。人間はヨットレースとかマラソンとかカーレースとか、長い距離の競走があるだろ。俺らセミも同じよ。自分の羽一つで長い距離を速く飛んだ者勝ちっていう単純なもんだ。自分が出るレースが近いんで、その練習として裏山の方まで飛んでって、帰って来てきた。


そのままこの日陰のコンクリートで涼んでいたんだった。その頃の俺には待ちに待ったレースがあった。相手はセミ之介。奴の飛びっぷりはこの界隈でもちょっとした評判だったんだ。飛び方がカッコいいんだ。一言で言えばスマート。それでいて優雅。羽なんかも遠くから眺めていると、羽ばたいている様に見えねえって奴もいるぜ。そんな訳ねえんだけどな。確かに風を捉えるのが上手いから無駄な動きがないんだな。一所懸命羽ばたいている感がないからさ、イージーに飛んでるんだな。そいでいて、必ず勝つんだよ。


そんな奴の飛ぶのを見てる()ゼミたちはざわつきやがる。俺ら()ゼミはこぞってセミ之介に勝負を挑んだ。俺たち蝉の勝負ってのは、ただ速く飛べればいいってもんでもないんだ。飛び立ちから、飛んでる時の優美さ、折り返し点の電柱の回り方、無駄に回り込まずにサラッと折り返すのがいい。


あとは電線のかわし方、これが意外と難しい。黒くて無性格な一本の電線は、遠近感が掴みにくいからな、ぼやっとしているとぶつかる。そこに鳥なんかが止まっていたりするとさらに難易度があがる。そういった障害物のかわし方など、全てで勝負が決まるんだ。飛び立つ時に、辺り一面にしょんべんまき散らして行く奴がいるだろ。


もうそいつはその時点で負けだよ。完敗。あれは、俺らがビビッてしょんべんちびるって言う人間がいるそうだが、そうじゃあねえんだ。あれはよ、しょんべん出していきゃ、その分だけ身が軽くなる。電線をふわっとかわす時とか、追ってきた鳥をひょいと避ける時には少しでも体が軽いほうが都合がいい。


それと伝説になった()ゼミのセミ()に言わせれば、飛び立つ時のしょんべんは、一種の景気づけらしい。セミ()、そいつは()ゼミの中の()ゼミだった奴の名さ。まずは、セミ雄の話からしようか。


                  つづく

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