センスを見ても静かに暮らせますか?
「そこの店あるだろ?そこのチーズ美味いんだよ。ウチもよく仕入れているんだ。」
「あっちはパン屋。ラナンが作るやつといい勝負だな!」
「ふふっ、確かにすっごく美味しかったですもんね。」
「だろ!」
ハルはジオラソに連れられ『センス』を見ることが出来るという者の所へ向かっていた。
歩幅が違う為、ジオラソが時々振り返り街を案内しながら通りを進む。
しっかり惚気も忘れず頂きながら。
すると、
「よお!ハルちゃん!」
たちまち昨夜のお客さんに声をかけられた。
「ウチは向こうで野菜売ってんだよ。果物もあるから後で寄ってくれな!」
「はいっ、是非!」
そして少し進んでは、
「おっ!ジオラソ、その子は?」
「おや?その子ははじめましてだね!」
などと行く先々で次々と声をかけられる。
「ハルっていうんだ、ヨロシクな!」
その度にジオラソが皆に紹介していった。
「わっはっは!ちっとも進まねぇな!皆、ハルの事気に入ってくれて良かったな!」
ほれ。と振り返り、先程通り掛かった甘味屋の大女将から頂いた串に刺さった饅頭のような物をハルに向けた。
しかし、ハルは受けとる事なくギュッと硬く手と手を握り締め、
「あ、あのっ!
どうして、その…こんなにも皆さん親切にしてくださるんですか…?」
前を歩くジオラソの背中に浮かんだ幼い記憶。
『……ま… まっ…て 待って……!』
おとうさん!、おかあさん!
何処に出掛けようとも振り返りもせず、腕を絡ませどんどん歩いて行く両親。
『あっ!』
春子の幼くおぼつかない足ではたちまち転んでしまう。
『!、おかぁ……さ………、、』
転んだが最後、両親の姿は見えない。
『でね〜…』『今日、なにする?』『何か食べてこっか?』
そして、周りの大きな足だけが只、横を通り過ぎてゆく。
そんな幼い頃の景色。
「っ……。」
小さく肩を震わせる。
「………コレな、あったけぇうち食うといいんだよ。」
ジオラソは一つ眉を上げて目をパチリとさせ驚いたようだったが、直ぐに頬を緩ませ串をハルに持たせた。
「そうだなぁ…俺もラナンもハル位の年頃にひとり立ちしてな、それなりに苦労もした。
そんな時、この街の皆が助けてくれて育ててくれたんだ。
だから俺が、ラナンが、街の皆がハルを大切に思うのは当たり前の事なんだよ。」
バクっと一口に串を頬張る。
「んまぁ、もしハルが何か思うなら、いつかハルが俺等位になった時に、ハルみたいな奴等に返してしてあげればいいさ。」
ニッと笑ってハルの頭をワシワシと撫で、
「皆誰かの世話になって、世話をしていくもんさ。今は俺等に甘えとけ。
とことん向き合ってやっからさ。」
ホレ、食え。と串をやや強引に口に押し込む。
薄い飴を纏った饅頭の生地。噛めば中の温かな甘酸っぱいフルーツの餡が口に広がる。
甘い。だけど、ただ甘やかすのでは無く、向き合う。
ハルを想っているよ。
そんな優しい味が胸を温めた。
「美味いだろ?」
「…はいっ!」
ジオラソは満足そうにハルに戻った笑顔を見ると、
「よし、帰りに土産で買ってくか!ハルが一緒ならまけてくれるぞ?」
「ふふ、ダメです。ちゃんとお金は払わないと。」
「よー!ハルちゃんいらっしゃい!」
「も一軒見てくか?」
ハルが『センス』を見てもらえるのはもう少し後になりそうだが、
「はいっ!」
ハルが楽しそうなら、まぁいいか。
前では無く、隣に並びそっとハルの背中をポンと押した。