転生したらのんびり暮らせますか?
「おーい!嬢ちゃん!」
大柄で屈強そうな男性が通りの方から誰かを呼んでいるが、
「?」
後ろを見ても、
「嬢ちゃん!」
左右を見ても誰もいない?
「アンタだ、アンタ!」
「え、私…?」
「他に誰が居んだ!」
あ、そうか。この容姿ならお嬢ちゃんと呼ばれても遜色ないのか。
そうこうしているうちに、ずんずん男が近づいて来た。
「あ、あの…何か…?」
「何かじゃねぇわ、じき日が暮れるっていうのに何してんだ?」
ずいと顔をのぞかれ、こちらも相手を見ると潮に灼けた顔にくっきりとで刻まれた皺。
如何にも海の漢といった感じの強面。
「アンタ、見ない顔だな?どうした?」
無精髭を擦りながらいぶかしがる。
「その、今街に着いた所で…えと、ひとり立ちで、この街で暮らせたら…なんて…、」
「こんな何もない田舎の港街にか?アンタ、物好きだなぁ!」
ガハハ!と豪快に笑い出した。
「!、何もなく無いです!すごく海が綺麗で…!ひと目見て、ここで暮らしたい!そう思ったんです!」
思わずこぶしを握り、もう一度強く言う。
「………はっ……、」
やってしまった。
急に大声をあげて力説とか恥ずかしすぎる。
ジョリジョリと髭をさすっていた男の動きがピタリと止まった。
「あ、あの、……」
見ず知らずの他所者の小娘が地元の人に何を言っているんだ。
この街どころか、この世界に初めてやってきたというのに。
フッ、
影が揺れ男が動く気配に、
―――怒られる?!
春子はぎゅっと体を縮めこませた。
「………っ、、、?」
何もこない…?
思わず閉じた目をそおっ、と開ける。
「わっ?!」
足元にしゃがみ込んで、大きな体を小さくする屈強な男がいた。
「え、どうしま……」
した?
「そうか!」
ニカッと、強面が愛想を崩す。
「そいつは奇遇だな。
俺も何も無いこの街で、海だけは気に入ってんだ。」
「へ…?……、
、、
……ふ…、
ふふふっ、はい!海、大好きです。」
ニコニコと笑う姿に春子も笑顔になる。
すると男が、
「はぁ〜〜〜、良かった!」
安心したように大きく息を吐いた。
「いやぁ〜、すまねぇな。驚いただろ?
女房からよ、あんたは人相が悪いんだから女、子供にゃ、せめてそのでかい図体を屈めてでもしろって言われんだよ。」
ポリポリと頭をかき、ちょこんと体を縮める屈強な男。
ちょっと可愛らしくも見える。
「いえっ!あ…確かにちょっとびっくりしましたけど、見ず知らずの私に声を掛けてくださって、ありがとうございます。」
「なに、いくら田舎でも酔っぱらいも歩けば、獣も出るからな。
今着いた所と言ったが、住む所なり仕事なり決まってるのか?」
「いえ、まだ何も。」
「その様子じゃ、センスもまだ見てもらってないだろう?
まぁ、どの街にも能力が見れる者がいる訳じゃないからな。」
"能力"!
確か、神様がサービスで付けたから見てもらえ。って言っていたやつだ!
コクコクコク!と何度も春子は頷いた。
「ははっ!とりあえず、今日は宿を紹介するから、明日見れる者んとこ連れて行ってやるか。」
「いいんですか?!」
「朝の漁が済んでからでよけりゃかまわねぇよ。」
「はい!是非!お願いします!」
ガバッと、春子は頭を下げた。
「よし、じゃあ行くか。」
男はリヤカーの持ち手をヒョイとまたぎ、ガラガラと引き歩き出すと、春子も慌てて横に並んだ。
「女房が芋やらなんやら買ってこいって言うから出たんだったんだよ。ちょうど良かったな。」
「ふふ、はい。おかげで助かりました。」
「おー、そういや名乗ってなかったな。
俺はジラオソ。嬢ちゃんはなんて名前だ?」
「あ、はる……、」
春子です。と名乗ろうとしてふと、止まった。
『新たな生活を楽しんで。』
「はる?」
急に立ち止まった春子をジラオソが振り返る。
「…はいっ!
ハルです!!」
小学校の何年生だったか忘れたけど、自分の名前の由来を調べる課題があった。
親に聞いてみたら、
―――は?意味?ただ春生まれだし、女だしなだけだ。意味なんかある訳ないやろ。
意味なら私が込めよう。
厳しい寒さを超え、新たな芽が息吹き花咲く穏やかな陽射し。
「ハル。私の名前です。」