転生したらのんびり暮らせますか?
チ…チチ…、
心地よい鳥のさえずりが聞こえる……。
「う…うん……、今日休み……、」
鳥のさえずり?部屋で?
「うわぁっ?!」
ガバッと起きると、小さな白い花が咲く草原で。
「どこ…?ここ……??」
ゆっくり立ち上がると、ちょっとした丘の上のようだ。
潮の香りがして歩き出すとやはり海が見えた。
「う、わぁっ…!」
眼下に真っ青な海と白い海鳥。そして白い幾つもの船が見え、街も見える。
「きれい………、」
まともに海を見たのはいつだったか。
どうにか頼み込んで行くことが出来た臨海学校以来?
ううん、そんな事はもういいのかも知れない。
「本当に違う世界に来たんだ…。」
海を背にくるりと振り返る。
白い花の草原に抜けるような青空。
あの朝のどんより重い雨はもう無い。
「ここで……」
ザァッ!
勢いよく風が吹き抜ける。
「ここで暮らそう!」
「よし!」
先ずは直ぐに見えたあの街に向かおう。
「暮らすからには、住む所だって仕事も必要だもの。」
今までにない軽い足取りでしっかりと歩く。
前向きだとこんなにも歩みも軽いものなのかな?
「あれ?」
随分軽いと思ったら、靴がローヒールのパンプスからしっかりとした編み上げのショートブーツに、服はオフィスカジュアルから綿の様な軽やかなブラウスとスカートへと変わっていた。
「フフ、これならどこまでも歩けそう。」
部屋着以外でストッキングを履かない日なんていつぶりだろう?
そうか、もう履かなくていいんだ。
ギリギリまで寝ていたかったから、電車までダッシュなんてしょっちゅう。
体力には自信がある。
「よし、行こう!」
春子は大きく一歩を踏み出した。
暫く草原の丘を下っていると海が見えなくなったが、草の生えていない土がむき出しの所に着いた。
道に辿り着いたようだ。あの街まで続いているのだろうか?ずっと先に続いている。
「ん、きっとあの先。」
かなりワクワク。
そのまま歩いていくと、やがて潮の香りが強くなった気がした。
「んーっ、着いたぁ〜!」
石壁の建物が見え、地面も石畳へと変わり、街にようやく到着した。
映画やRPGゲームで最初に出てくる街か村の様だ。
素朴だが鮮やかな色の屋根や窓辺や軒下に育てた花のプランター。
穏やかな街並みは何故か懐かしさを感じる。
「けっこう歩いたな…、先ずは今日どうしよう…。」
キョロキョロと見渡すと噴水を見つけた。
ベンチもある。
腰をおろしてひと休みしよう。
「ふぅ…あ、そういえば。」
起きた時に小さなリュックを背負っていたのだった。
荷物はこれだけなんかい。と思ったが、どうせスマホもお金だって使えないし…でも何か入っている?
「ちょっと、重…?」
小さな袋だが、ずしっと重い。
「なっ…?!」
思わず声が上がるのを慌てて押さえる。
小袋の中には金貨が詰まっていた。
この世界の物価やらお金の価値は分かんないけど、金貨なんてかなりの物に違いない。
他には手縫いに包まれたお椀と、スプーンとフォーク、小さなナイフ。
「食器セット?あと手紙?」
封筒を開ける。
『新しい世界は気に入ったかい?迷惑をかけて申し訳なかったね。
当面の暮らしの資金と、あと食器セット入れとくね!』
「親切!」
資金は大事!だけど、食器も?!
『そうそう、サービスなんだけど、ちょっとだけ年齢を戻しておくから!』
「はぁぁぁっ?!」
『あと、なんやかんや能力もあるからどっかで見てもらって!』
どっかって何処だ?!
『じゃ、こっちは上手く締めとくから、新たな生活を楽しんでね!』
「……神様より……。」
締めとく。ってなんだ?事故処理とか?
うん、まぁ、アッチでは死んだんだしね……。
「年齢戻すって……。」
ふと、噴水を覗き込んでみると……、
「わぁっ?!」
自分っぽいのだが、結構若い。
ぽい。のは、真っ黒でいつも一つに束ねただけの髪が赤茶色く輝いてふんわりウェーブしている。
瞳も髪と同じく赤茶色だ。
「服装は多分現地っぽくなったんだろうと思ってはいたけど、外見もなんだ…、」
ペタペタと頰を触る。スベスベ素肌だ。
『新たな生活を楽しんで。』
高校を卒業する頃、どうにか親元を離れようとバイトを詰め込み、就職後もひとりで暮らしていくのに必死に働いて、青春とかいう時代の記憶が正直あんまりない。
「つ…、ありがとう、ございます……。」
その時代を新たに暮らせるのだ。
春子はギュッと神様からの手紙を胸に抱きしめた。