・鉄と塩と人の業 - 八草とカナ -
全てあの子の言う通りになった。
荷馬車を買ってジュノーの都を出ると、どっかで見た顔が俺とカナを取り囲んだ。
「おとうさん……っ」
「心配はいらねぇよ。……よう、元気だったか、団長さんよ?」
ステリオスの飼い犬、ガルム傭兵団とその団長のヴォーグって野郎だ。
どうやらこの取引、あの坊やが言う通り最初から破綻していたらしい。
「八草、仕事仲間のよしみだ。何も言わずに投降しろ」
「そうはいかねぇ。俺とカナはやっと、幸せへの片道切符を手に入れたばっかりなんだ。戻らねぇ」
「ならば仕方ない。カナ様はステリオス様の大切なコレクション。お前を壊してでも取り返せとのご命令だ」
「おとうさんっ、にげて……っ」
「やなこった! カナッ、こいつで身を守れ!」
カナにはでけぇし重いに決まっていてるが、俺は腰の刀をカナに投げ渡した。
盲目のカナは感覚一つでそれを受け取り、それが刀であることを肌で察した。
「娘に戦わせるとか、正気かお前」
「俺の娘なら、剣が使えて当たり前だろ?」
「さらわれる前、お父さんに、剣をおそわってた……」
俺は荷台に置いておいたもう一つの剣を取った。
刃の長さは1mにも届かず軽くて俺には使いにくいが、触れた瞬間にわかった。
コイツはヤベェやつだってな……。
「ヴォーグ、仕事仲間のよしみだ。何も言わずに撤退しろ」
「この状況で勝てる気でいるのか、八草……?」
「おとうさん、敵は47人。うちのことは、気にしないで」
「血を見るぞ、八草」
「かかってこいよ、ホモ議長の犬無勢が。いつまで豚の尻を舐めてるつもりだ?」
「言ったな……?」
俺と団長のヴォーグがぶつかれば開戦。ガルム傭兵団の皆もそのつもりでいただろう。
だがよ、包囲されているこっちは茶番劇に付き合うつもりはねぇ。
卑怯を承知で俺は、アオハガネの剣を使って2太刀でヴォーグの首をはねた。
「だ……団長ぉぉーっっ?!!」
一太刀でやつの剣を破壊してガードの手段を奪い、二太刀目で短期決戦を果たした。
この異常な剣がなければこうもいかなかった。
「ヴォーグもギグも死んだっ! ガルム傭兵団は今日をもって解散だ! いや俺がこれからそうさせてやるっ!」
「ま、待てっ、八草っ、止め……っっ」
剣を破壊する剣、アオハガネの剣は俺とドチャクソ相性が良かった。
俺はやつらを次々と倒し、二度と戦場に戻れないようにしていった。
カナの前だからこれ以上の殺生はできなかったが、ここで1人でも多く無力化しておきたかった。
「カナッ!」
カナは背後から迫る傭兵の喉元に、そのたぐいまれな感覚を使って俺の刀を突き付けた。
俺たちは元々戦闘民族だ。女だろうとガキだろうと、剣が使えて当たり前だ。
たとえ盲目であろうともな……。
「こないで……次は刺します……」
実はだが……。
あの誘拐事件からして、全てアリク王子が仕組んだことだった。
俺はあの時点で、あの恐るべきお子様にこのアオハガネの刃を渡されていた。
「や、八草っ、お、俺たちを斬るのかっっ?!」
「悪く思わねぇでくれや……。俺とカナの幸せを阻む障害物は、全て排除しねぇといけねぇんだよ……」
俺たち親子は襲撃を返り討ちにし、残党を捨て置いてその場を離れた。
それから予定したポイント、とある湿地の洞窟までやってくると俺はカナをそこに隠した。
「一秒一瞬だって離れたくねぇが……悪ぃ、カナ……。とうちゃん、野暮用ができちまった……」
「おとうさん、あの子を、助けにいくの……?」
「ああ。とうちゃんな、本気でアリク様を裏切ろうかと迷っていた。けどな、とうちゃん、カナの次にあのお子様が好きだ……」
「おとうさん! うんっ、助けてあげて、アリク様を! それでこそ、うちのおとうさんだから!」
俺は嬉しかった。
俺たちに同情してくれるやつは多かったが、手をここまで大胆に差し伸べてくれたやつはいなかった。
アリク様はカナのために、おやじとおふくろにお大目玉を食らって城に軟禁されることも覚悟の上で、このムチャクチャな計画を立ててくれた。
なぜそれを見捨てられる?
俺たちにやっと手を差し伸べてくれた人に、恩を徒で返すことができるわけがあるか!
「とうちゃんは、あの子をさらった責任を取ってくる。とうちゃんはあのやさしい子を、無事に親元に届ける義務がある。王様と王妃様に頭下げて、筋を通さなければならねぇ……!」
カナは俺の胸に飛び込んできてくれた。
「おかあさん、いなくなった……。おとうさん、かわっちゃった……。でも、おとうさん、かわってなかった……! おとうさんは、おとうさんだった! うち、もう一度アリク様とあいたい!」
こんな晴れやかな気分、いつ以来だろうな。
これやっと胸を張って生きられる……。
あっちの王様と王妃様が、俺を許してくれりゃの話だが……。
「行ってくる」
「おとうさん、だいすき! いってらっしゃい!」
「カ、カナァァ……」
娘に涙なんて見せられねぇ。
俺は街道で待機している荷馬車の元へと、足下がぬかるむ湿地帯の森を走り抜けていった。
待っててくれ、アリク様。
俺はアンタを裏切らないってことを、一秒でも早く伝えてぇ。
俺は、アンタが俺たちに手を差し伸べてくれたことを、一生忘れるつもりはねぇ!
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