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・鉄と塩と人の業 - カナ -

 一日半の長いようであっという間の後悔を終え、武装商船は連合ウェルカヌスの盟主であるジュノー国の港に停泊した。


「アリク王子、ようこそジュノーへ。主人ステリオスが貴方を屋敷で心待ちにしております。いや、本当に、お美しい……」

「まだ引き渡すとは言ってねぇぜ。渡すのはカナを解放してからだ」


 迎えを待つことはなかった。

 船の前には半裸のおじさんたちが黄金の御輿を下ろして待っていて、俺はそれに乗せられることになった。


「それについても主人は屋敷で話すつもりだそうです。八草殿もこちらへ」


 ガルム傭兵団の悪いお兄さんと、武装商船の人たちはそこでお金を受け取って船に消えた。


 俺はカナン王都がかすむほどに大きく発展した港町に驚きながら、黄金のお御輿に担がれて、丘の上にある壮大な神殿のような場所に運ばれていった。


「ジュノーはどうですか、アリク様」

「恐れ入ったよ。カナンの王都が田舎に見えてきた」


「ステリオス様にもそうおっしゃると良いでしょう。あの方は味方には大変寛大なお方です」

「けっ……」


「とても恐ろしい方でもあられます。お気を付け下さい、アリク様」

「ご忠告ありがとう。覚悟を決めることにするよ」


 まるでギリシャの神々でも暮らしているような都だった。

 街の建物は石灰岩を利用した邸宅がよく目立つ。


 俺は御輿からの見物を楽しみながら、さすがにこれから敵の首魁と会うともあって緊張した。

 やがて御輿は屋敷の正門にやってきて、そこを抜けて広大な庭園の中を進んだ。


 その庭園には、俺よりも少し年上くらいの子供でいっぱいだった。

 男の子が多いけど、女の子に見える子もいる。

 こういう場所だからどっちかはわからない。


 共通するのは俺を見る目が酷く冷めていることだ。

 自分と同じ被害者が怪物の元に連れてゆかれる。そんな目のように見えた。


 庭園を抜けて白亜の邸宅に入った。

 花が彫られた大きな二枚扉の前までやってくると、案内人のおじさんは扉を軽く開き、さあどうぞと俺に手をかざした。


 この先にこの経済戦争の発端がいる。

 いや発端は俺自信でもあるのだから、発端同士がこの場に揃うことになる。


 俺は勇気を出して、香ばしく美味しそうな匂いのするその大食堂へと踏み出した。


「おおっ、アリク王子!! ようこそおいで下さった!!」


 中には贅を尽くした肉料理の山と、まるでヒキガエルのように肥え太った白いトーガの初老の男がいた。


「わいはステリオス、このジュノーの支配者にございます。ほっほっほっ……王は別におりますがな」


 これがステリオス……。

 確かに狡猾でずる賢そうな男だ。

 それに気味の悪い好色な声が、気持ち悪い……。


「渡すとは言ってねぇ。交渉次第では俺はコイツを親元に送り届ける」


 八草さんが前を阻んでくれて助かった。

 舐めるような遠慮のない視線がきつかった。


「よくやった、八草。他人の子供を売ってまでして、娘を取り返したいお前の気持ち、よぉぉくわかったわ、ひひひひ!」

「うるせぇっ、さっさとカナを返せっ!!」


「おお恐い恐い……。おい、カナちゃぁんをここに連れてこい。お父様がカナちゃぁん会いたいそうやで」


 これでやっとカナちゃんに会える。

 どんな子だろうかと、好奇心任せにここまでやってきたかいがある。

 あとステリオスさん、やっぱキモ……。


「アリク王子」

「なんですか、ステリオスさん?」


「こっちとそっち、どっちのお洋服がお好みですかな?」


 そう言ってステリオスは壁際に控えていた少年2名を呼び、双方の肩を抱いた。

 うん、どっちも絶望に目が死んでいた。


 これにしくじったら俺もこうなるのかなぁ……。

 ちなみに片方はビキニっぽいやつ、もう片方はさらに変態っぽいフリルの付いたやつだった。


「カナちゃんがヤクサさんと一緒に、無事にここを離れたら質問に答えるよ」

「噂通りのやさしい子や……。ひっひっひっ、良い……やはり良い……いずれ艶やかな華になるでぇ……」


 そこにノックが響き、大食堂にカナちゃんが連れてこられた。

 すると俺はヤクサさんがどうしてこんなにカナちゃんに執着しているのか、少し理解できた。


 カナちゃんは振り袖を着た白い髪をした女の子だった。

 目には赤い絹の目隠しがされており、カナちゃんはそれなのに周囲の空間がわかるかのように自然体で歩いていた。


「さあ帰ろう、カナ……」

「おとうさん……?」


「ああそうだ、父ちゃんだ。長い間ひとりぼっちにしてすまなかったな……。だけど、今日からは父ちゃんと一緒だ……ずぅぅっと、父ちゃんと一緒だぞ……」

「おとうさん、でもうち、知ってるの……」


「ああ、何をだ……っ?」

「おとうさんはそこの子を、売った……」


「ッッ……?!」


 ステリオスが恐れられる理由もわかった。

 黙っていればいいのに、なんて残酷で悪趣味なことをするのだろう。


 真実を明かされたら、カナちゃんまで咎を背負って生きることになる。

 それでは人は幸せになれない。


「ステリオスッッ、テメェェッッ!!」

「ひっひっひっ、ほんまで酷いおとうちゃんやのぅ……? お前のおとうちゃんは、まだ8歳のアリク王子を売って、同い年のお前の身柄を取り返したんだよぉ……」


 カナちゃんは兵士に背中から突き飛ばされた。

 ヤクサさんはそれを受け止めたけど、カナちゃんはヤクサさんを拒んだ。


「おとうさん! その子のお父さんとお母さんはどうなるのっ!? おとうさんは、そんなことしない人だって、うち信じてたのに……っ!!」

「俺はお前の幸せのためならどうだっていい……。ステリオス、確かにカナは受け取った。アリク王子をテメェに引き渡す!」


 ここまでは計画通りだ。

 カナちゃんは予想通り、俺の同い年くらいのやさしい子だってわかった。


 後はステリオスと2人だけになって、真の目的を果たすのはそれからだ。

 俺は食卓につき、恭順の姿勢を見せた。

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