・アリク6歳 ルキの天秤
元同僚の女性がサザンクロスを抜けて、ルキの天秤に再就職を希望して来た。
『どうしたらいい、アリク?』と、レスター様が庭園にやってきて聞くので、俺は彼の背中を押した。
「受け入れるのか?」
「うん、今のところ業績も絶好調だし、さらに伸びると思う。彼女は確保しておいた方がいいよ」
「そうかっ、わかったそうする!」
「サザンクロスの職員が減ったら、うちに流れてくる冒険者も増えると思う。ここは先行投資だよ」
「おお、なるほどなぁ……」
レスター様は6歳の王子様相手に腕を組んで、感心したようにしきりに納得した。
大きなレスター様と小さな俺。なんだかあべこべな光景だ。
「父上に相談した方がいいと思うけど……。きっと、同じことを言うだろうし……」
「おいおい、国王陛下に手間なんて取らせられねぇさ!」
「俺を置いて、父上をお酒に誘うくせに……?」
「大人になったらお前も誘ってやるよ。はははっ、かわいくなりやがってこの野郎っ!」
「わっ、だめっ、髪がクシャクシャになると母上に怒られるよっ!」
「男はもうちょいラフな方がモテるぜ!」
「モテたくなんてないよっ、女はもう懲り懲り!」
その元同僚の話によると、古巣サザンクロスの収益は一応まだ黒字らしい。
父上が切り崩したのはごく一部で、国はまだサザンクロスに多くの仕事を斡旋している。
封建制度の世界とはいえ、国王の独断だけでどうにかなる部分ではなかった。
だけどそれも崩れかかっている。
各地の領主や個人からすれば、腐敗したサザンクロスよりも公正なルキの天秤だった。
「それより訓練付けてよ」
「いいけどよ、今日出かけるんだろ?」
「え、そうなの……?」
「王妃様が言ってたぜ。今日はアリクの縁談の日だって」
「え…………」
「あ、知らなかったのか? こりゃ、怒られちまうかな……」
縁談……? 俺の、縁談……?
まさか、この前リドリー母上が言っていた、2つ年上の女の子のこと……?
「まあいいか。木剣を取りな」
「う、うん……。なんか、気が重くなってきた……」
「はは! その歳で許嫁かぁっ、羨ましいなぁおいっ!」
「う……いや、でも俺、サーシャのことがトラウマで……」
「サーシャなら、今頃青い顔して受付で働いてるだろうさ! アイツはお前を破滅させた主犯の1人だ、同情なんていらねぇ!」
元々はただの大学生であり、ただのギルド職員だった俺は、王子ギルベルトと豪腕のレスターの薫陶を受けて、着実に育っていった。
「はぁ……」
「おいおい、訓練中に余計なこと考えるなっての。いや羨ましいねぇ……! 俺も転生してお姫様を彼女にしてみたいもんだ」
「じゃあアドバイスだけど、転生って、意外に大変だよ……」
赤子の頃から自我と前世の記憶があっただなんて、リドリー母上に知られたくない。
俺はため息を吐きながら、レスター様に剣を教わった。
・
ジェイナスとリドリー母上と一緒に馬車に揺られて、アイギストス大公の領地を目指した。
その道中、ジェイナスから詳しい説明を受けた。
「国家とは、貴族とそれを取りまとめる王族の集合体です。強い王とは、多くの貴族を従える王のことを言います」
「うん、それはわかる。だから、せいりゃくけっこん、っていうのがいるんだよね……?」
わかるんだけど、気乗りしない……。
なんでまだ6歳なのに、人生を誰かに縛られなきゃいけない……。
かわいいって母上は言うけど、サーシャみたいな性格ブスの子だったらどうしよう……。
「お嫌ですか?」
「ううん、ぎむ、なのもわかる……」
「ご立派です」
不安がる俺を、隣のリドリー母上がやさしく抱き寄せてくれた。
リドリー母上もこの縁談に前向きだ。
アリクの幸せに繋がると思っている。
「婚約をもってアイギストス大公と陛下の繋がりが盤石となれば、貴方の大好きなレスターの支援になります」
「まあ、そうなのですか……?」
母上がそう聞き返した。
「うん……。それだけ、父上の、ぎかい、での力がつよくなるから、たくさんおしごと、まわせるようになるね……」
それはわかるけど、でも俺の脳裏にはあの時のサーシャの裏切りがちらついていた。
どんなに大丈夫だと励まされても、気乗りのしない縁談だった……。
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