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・経済戦争に勝利するために、製鉄事業を拡大しよう - 兄上の春 -

 翌朝、僕は少し寝過ごした。

 というよりも、逆かな……。


「ふぁぁ……。あの2人、なんであんなに張り合うんだろう……」

「単に気が合わないだけかと思いましたが、あれは逆なのかもしれませんね」


 まだ朝日も東の山から姿を現していないのに、兄上は冷たい薄闇の中を護衛を置き去りにして出て行った。

 着替えも不十分な近衛兵さんたちが、兄上と馬を追ってゆくのを俺が寝室の窓から見下ろした。


「相性が、良過ぎるってこと……?」

「我々近衛兵の総意ではそうなっております」


 兄上が泥んこになる姿は見てみたいけど……やっぱり眠い……。


「朝食の準備をさせています。アリク殿下は、ゆっくりと行かれては?」

「……うん、邪魔をするのも悪いかな」


「ははは、言うようになられましたな。ではお部屋でお待ちを」


 俺はベッドに再び倒れて、報告にきてくれた近衛兵さんにやさしく布団をかけ直された。

 それから――何かおもしろおかしい夢をみたような気がする。


 それだけどれだけ時間が経ったかわからないけど、自分を呼ぶ声に目を開けると朝食をトレイに乗せたターニャさんがいた。


「おはよう。僕のためにわざわざごめんね」

「い、いえ……っ。私、王子様の力になりたくて……っ」


 元大学生やギルド職員の視点から見ると、ターニャさんはとてもかわいらしかった。

 小6か中1くらいの子がかわいい服を着て、一生懸命朝食を作ってくれたのだから。


「ありがとう、昨日のチーズオムレツもとても美味しかった。料理の才能を感じたよ」

「ちょ、朝食! 冷める前にどうぞ!」


 どんな心変わりがあったのかわからないけど、その時のターニャさんからは下心のような物を感じなかった。

 俺は彼女に感謝して朝食を急ぎ平らげた。


 それからすぐにお屋敷を飛び出して、白くまぶしい朝日を見上げながら兄上の後を追うことにした。


「ターニャさん、朝からありがとう。行ってきます」

「ギ、ギルベルド様は、い、いつ、お帰りに……?」


「お昼じゃないかな。ターニャさんが作ったあのしょっぱいお菓子、気に入っていたみたい」

「あの人……っ、なんであんなに恐い方と、あんな剛毅に張り合えるのかしら……っ」


「僕も同感。あんなに恐い兄上と、あんなに自然体で話せるなんて、アグニアさんはある種の天才だよ」


 ターニャさんはまだ玉の輿狙いっぽいけど、そんなに悪い子じゃなさそうだ。

 トーマと気が合わないのは、立場上しょうがないと思うけれど……。


 ターニャさんに手を振って、俺は近衛兵のお兄さんの馬の後ろに乗せてもらった。

 こういうのって子供の特権だ。


 お兄さんは現場である職人町の製鉄所に着くまで、小さな王子にとてもやさしくしてくれた。

 聞けばアリク王子は、弟にしたい貴族様ナンバーワンだそうだった。


「お兄ちゃん♪」

「おお……言われると、なかなか良いものですなぁ……」


 わかる。逆の立場だったら俺だってニヤニヤしてしまう。


「お兄ちゃん、安全運転でお願いします♪ ……ん、媚び媚びし過ぎかな?」

「おぉぉぉぉぉぉ……なるほど、これはトーマが狂うのも道理……素晴らしい……っ」


 こうやって誰からもチヤホヤとされると、なんか性癖の階段踏み外しちゃいそう怖いなぁ……。


「あ、そこ曲がるよ。前を向いて、お兄ちゃん」

「はいっ、アリク様……!」


 近衛兵のお兄ちゃんが駆る安全運転の馬が、ゆっくりと俺を製鉄所まで運んでいってくれた。


 この辺りは製材所や工房区画、水運を行う河川が近いので建物が通りにひしめいている。

 早い時間もあって今は静かだけど、昼や夕方になれば人や物が行き交うことになる通りだ。


 そこを抜けて工業区画の製鉄所を訪れてみれば、そこに俺は期待通りというか、期待以上の愉快な光景を拝めることになった。


「今度こそどうだ!」

「まっ、まあまあってとこやな」


「くっ……お世辞を知らん女め……っ」

「お世辞なんてつこうとうたら、上達なんてせーへんわな」


「俺は一応、お前のクライアント側の人間なのだが……。なんなのだ、この扱いは……」


 あの兄上がシャツとパンツだけになって泥んこになっていた。

 白い珪砂が混じった粘土が顔や手足を白くしていて、その顔が弟の姿を見つけると、気恥ずかしそうに視線をそらした。


「どや? ぶきっちょな兄貴の仕事やけど、まあまあやろ?」

「アリクよ、繰り返すがこんな非常識な女は、初めてだ……。一国の王太子に、泥まみれになって働けと要求するこのふてぶてしさは、もはや博物学級のクソ女だと言えよう……」


 と、言いながらも兄上は口元が笑っていた。


「王子様2人を泥まみれにした女は、世にうちだけかもしれへんなぁ……!」

「外にいてたまるかっ、非常識め!」


 俺は兄上とアグニアさんの仕事を確認した。

 アグニアさんは厳しいことを言うけれど、真面目な兄上らしくとても几帳面に積み上がっている。


 昨晩のうちに焼かれた新しい耐熱レンガは、石灰岩も加えたこともありかなり白に近い灰色だ。

 粒子はきめ細かく、ひび割れ一つない。


「残念だけど僕の出番はなさそうだね」

「アリクはんは高見の見物してればええ。うちに兄貴がこき使われるところを、存分になぁ……キキキッ……」


 炉はもう俺の胸くらいまで完成していて、小さな俺が加われる仕事は残っていなかった。


「ふんっ、使われているのはお前の方だ。せいぜい俺たちのために、良質な鉄を作り出すといい」

「望むところや! うちらの仕事っぷり、そこの発案者に見せつけてやるで!」


「アリクよ、お前が出すのは知恵だけでいい。余計なことは(・・・・・)するな」


 それは昨晩に話した奇策のことも含む言葉なのだろう。

 兄上はアグニアさんに指図されながら、ほぼ2人だけで新たな白い高炉を積み重ねていった。


 近衛兵のお兄さんたちは、王宮では絶対に有り得ない兄上の姿に目を丸くして見守っていた。

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