・経済戦争に勝利するために、製鉄事業を拡大しよう - 僕の兄は普通に超恐い -
「お帰りなさぁーいっ、アリク王子様ぁっ!! あ……っ、ひ、ひぇっっ?!」
鍵を開けてエントランスホールに入ると、奥から明るい声がしてあのターニャさんが現れた。
だけど俺の隣に居る強面の紳士に驚いて、つい悲鳴を上げてしまったようだ。
ターニャさんはどこで手に入れたのやら、やたらにヒラヒラとしたメイド服ってやつを着込んでいた。
「アリクよ、浮気は感心せんな」
「違うよっ、彼女はターニャさんっ、ここの町長さんの娘だよっ!」
「ほぅ……。なるほど、やるではないか」
「だから違うってばーっ!!」
「はははは! お前のそんな顔を見るのは初めてだ」
俺には媚び媚びしい態度を取るのに、ターニャさんは兄上の威風にすくみ上がっている。
それが王太子ギルベルドであると、一目で察しているようだった。
「ギルベルドだ、しばらく世話になる」
「ひ……っ、お、おお、王太子様……っ?!」
「ターニャと言ったか。弟に言い寄るとは、なかなか男を見る目があるな」
「お、お許しを……っっ!」
兄上は容姿も、噂も、声も全て恐いから無理もなかった。
兄上に言い寄る方向でシフトしてくれないかなと期待したけど、それはなさそうだ。
ターニャさんは完全にすくみ上がってしまっている。
「休みたい、茶を入れろ」
「は、はひっ!! お、お任せを、陛下っ!!」
「殿下だ」
ターニャさんは案内もせずに、食堂に隣り合った厨房に飛び込んでいった。
「なぜ民は、俺をああも恐がるのだ……」
「うん、恐くないところもあるのにね」
「おい……。恐いところが大半を占めているような言い方をするな……」
だって兄上は普通に恐いもん……。
ところが俺が兄上を食堂に案内しようとすると、屋敷のエントランスホールに新たな来客があった。
「邪魔すんでーっ! おわっ、マジでおるやんっ、これ噂の王太子様やっ!?」
豪快な足音からしてそんな気がしたけど、それは鍛冶師アグニアさんだった。
「兄上、彼女が製鉄事業の功労者アグニアさんだよ」
「ほぅ……。アグニアよ、早速だが鉄の増産体制の現状を聞きたい。茶に付き合え」
それは俺も気になるところだ。
アグニアさんもそのために飛び込んできたのだろうし。
「そか、こっちも望むところや! 存分に聞かせてはりますわ」
「こい!」
強い命令口調で兄上が手招きした。
「なんかコイツ態度でかぁっ!? こらホンマもんの王子様やっ!」
「それじゃ僕が偽者みたいじゃないか……」
「アリクはんはそのままのええ子でええんや。ほないこかーっ」
弟の背中を押す馴れ馴れしい庶民に、兄上は鋭い目を送ったがアグニアさんには効かなかった。
俺にも分けて欲しいくらいの度胸というか、ナチュラルなふてぶてしさだった。
・
詳しい話をアグニアさんに聞いた。
ターニャさんがトレイを震わせながら紅茶を配膳して、手作りの茶菓子を出すなり逃げ出していった。
気持ちはわかる……。
玉の輿狙いだったのに、その兄がこんなに恐い雰囲気の人だとは思わなかったのだろう。
「子供を恐がらせたらあかんて」
「こちらにその気はない」
「嘘や、睨んどったやん! 弟に寄生しようとするダニを見るような目やった!」
「睨んでなどいない。アリクが望むならば、好きに側室に迎えればいいことだ」
『迎えないってば!』とツッコミたいけど、話がこじれるので我慢した……。
俺たちはお茶としょっぱいお菓子をいただきながら、アグニアさんの報告を聞いた。
「足りんな」
「なんやっ、このけったくそ悪い王子様はっ?!」
「鉄の生産量を5倍に増やせ」
「ムチャクチャゆーなやっっ、計算できとるんか、自分っ!!」
ごめん、アグニアさん……。
俺たちはそのムチャクチャな要求を実現させるためにやってきたんだ……。
経済封鎖を破るには、そのくらいの生産量がないと諸国を抱き込めない。
「アリクよ」
「なあに、兄上」
「面白い女だ。まさかこの俺にこんな大口を叩くやつがいるとはな」
「気が合いそうだね」
「うむ。これならば気を使わなくとも済む」
人に恐がられてばかりの兄上は、アグニアさんの我が道をゆく自然体に好意を覚えていた。
まあ、どっちも我が道をゆくタイプだし……。
「我らも協力する。アグニア、共に鉄の供給能力を5倍にする算段を立てよう」
「ホンマでっかい口しとるなぁ、自分……。それだけゆーなら、予算と物資はあるんやろなぁ……?」
「俺とアリクが王宮で怠惰に過ごしていたと思ったか? 見ろ」
兄上が突き出した書類に、アグニアさんはざっと目を通した。
そして兄上に向けて腕を上げる。
「なんだ……? 俺を殴るのか?」
「ハイタッチの合図や! はよ、手ぇ上げぇ! ……ちゃうっ、そら握手や!」
お手本に俺がアグニアさんとハイタッチしてみせると、兄上も渋々だけど腕を上げてくれた。
「乗ったで! やればできるやん、王太子様!」
「う、うむ……」
「こっちも炉を増やす予定は立てておったんや。せやけど、溶けへん不純物が気になってなー……」
「大丈夫だよ。新しい高炉の材料なら、今日中に届く予定だから」
あとは珪砂さえ届けば、あのチタンっぽい何かを溶かすための高炉を試作できる。
それが成功したら、次は炉の数を増やすだけだ。
アグニアさんもあの溶けない鉄がずっと気になっていたみたいで、途端に超ご機嫌の笑顔になった。
「ほな王太子様、新しい高炉作り、手伝ってくれはります?」
「報告にあった新しい鉄か。望むところだ、手伝ってやる」
「ほっほぉ……? ほんまやろなぁ……?」
「当然だ。アリクはその新しい鉄を使って、貨幣を造らせるつもりだ。その鉄は貴重な国家予算になる」
まさかアグニアさん、あの粘土遊びを兄上にさせるつもりなんじゃ……。
アグニアさんは兄上の返事に『にたぁぁ……』と笑い返していた。
「ふふ……っ」
「なんだ、アリク?」
「何でもないよ、ただの思い出し笑い」
なんだかアグニアさんの前だと、あれだけ恐れてきた兄上がかわいらしく見えるから不思議で、僕はついつい笑ってしまっていた。
兄上にも現場の苦労と達成感を知ってもらいたい。
そうしたらもう少し、現場に行きたがる僕に助け船を出してくれるようになるかもしれないから。
俺たちは予定の珪砂が届くまで、取り急ぎの人員の確保や書類仕事などの下準備を進めて待った。
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