・ウェルカヌスの謀略の嵐 - 目には目を -
ところがそこにノックが響き、切迫した面もちの近衛兵さんがやってきた。
「大変です陛下! テレジア・ブルフォード侯爵の孫、トリスタン・ブルフォードが領地の執政官を討ち、独立を宣言しました!」
「なんだとぉ……っ!」
かつての政敵ブルフォード侯爵家は、父上に粛正されお取り潰しになった。
とはいえその息子や親族たちは処刑の対象にはならなかった。
あの毒殺おばさんが産み落とした子供たちは、多くの有力諸侯に嫁いだり跡継ぎとなっていたので、その親族を消すに消せなかったんだ。
「陛下、これはウェルカヌスの策略でしょう。再びこの国の政情を混乱させ、我々王家を排斥させるのが狙いかと」
「戦争だ! ここまでコケにされてっ、何もせずにいたら諸侯も我らの弱腰にしらけるぞっ!」
恐ろしいのは、本気で父上が兄上の提案を検討していることだ……。
このまま俺が何も言わずにいると、本当に戦争に発展してしまいかねない……。
「陛下、アリク殿下が何か伝えたいようです。参考に聞かれてみては?」
その一方で冷静なジェイナスは、俺の発言力を利用することにしたようだった。
自分が口を挟んでもロドリック王とギルベルド王子は聞かないが、アリク王子なら可能性があると思ってくれたんだと思う。
「いいだろう。全てはこの弟があってテレジアを排除できた今がある」
「アリクよ、書庫の知識の全てを持つ者よ。お前ならばこの状況、どうする……?」
そう言われたので、書庫の知識を動員した。
過去の戦争史に同じケースを当てはめて、可能性の話をした。
現代の感覚では歴史なんてそれこそ道楽だけど、データベースも検索エンジンもないこの時代では、有用な参考資料だった。
「ふんっ、共倒れかっ。歯切れの悪い結末だ」
「そうだよ、兄上。過去のケースを元にすると、経済戦争を起こしていた両国は衰退した」
「アリクよ、それはなぜだ?」
「第三国や犯罪組織による密貿易が横行したんだ。結果、少しずつ富が国外に流出し、第三国や密貿易商を富ませることになった」
現代のように流通を管理できる社会ならいいけど、この時代においては商人一人一人がプレイヤーだ。
経済封鎖は賢いとは思えない。
「つまり、武力でねじ伏せろということか?」
「それこそ国内のお金を使い込んで衰退する未来しかないよっ! 短期決戦が望めない戦争なんてするべきじゃない!」
いくら相手ムカつくからって、こっちが貧しくなったら意味がない。
どんな時代においても最後は富んだ方が勝ちだ。
「ならお前はどうする気だ!」
「破壊工作には破壊工作で反撃しながら、金貨袋で殴り倒す! 塩と鉄の生産を強化して、近隣諸国の顧客を僕たちが奪い取る! ウェルカヌスの商売を破綻させれば、俺たちの勝利なんだよ!」
ウェルカヌスは都市国家連合。俺たちはその盟主であるジュノー国と戦っている。
ジュノー国は中堅企業を従える財閥みたいなものだ。
だから貿易網を切り崩してやれば、ウェルカヌスに所属する国々の繋がりも崩壊する。
こちらの世界の人にもわかるようにそう説明した。
「むぅぅ……っ、お前はあくまで戦争をさせぬ気か……!」
「この戦いに必要なのは兵隊じゃない、労働者とお金とキャラバンだよ! ウェルカヌスみたいな国は、金貨で殴るのが一番効くんだ!」
そう言って、俺は献上する予定のない金貨を父上の書斎机に置いた。
「お願いだ父上、迷宮で手に入れた金貨を父上にあげるから! 戦争だけは止めてよ!」
「うむ、あいわかった。お前の言うとおりにしよう」
「……えっ!?」
父上があまりにも素直に応じてくれたので驚いた……。
「ふんっ、やむを得ぬか」
横目で見ると兄上の方も渋々ではあるけど、腕を胸で組んでうなずいている……。
「タカ派の諸侯が文句を言うだろうが、そこはこの兄と父に任せておけ」
「え……兄上も、わかってくれるの……?」
唖然とする弟に、兄上は不敵な笑みを返した。
「破壊工作には破壊工作でやり返す。もっともなことだ、クククッ……。我が弟を狙ったこと、後悔させてやろう……」
「え、えぇぇ……そこは、ガチの戦争にならない程度に、穏便に、お願いしたいんだけど……」
兄上は甘い弟を鼻で笑い飛ばした。
「好戦派の諸侯を黙らせるには必要であろう。ふっ、温厚なアイギュストス大公も、今回ばかりは手を貸してくれような」
「ち、父上まで、何をやらかすつもりなの……? あ、いや、やっぱり聞かない……」
そっちの計画については、それ以上詳しくは聞かないことにした。
自分が好きな人が、必要とはいえ人の道に外れることをしようとしているとは、積極的に知りたくはないから……。
「弟よ、お前はそれでいい。理想論の通じぬところは、我ら鬼畜に任せておくがよい」
こうしてこの日から、さらに多くの予算が塩田開発と製鉄に回されることに決まった。
「どうされましたか、アリク様? 他に何か思い付かれましたか?」
「う、ううん、なんでもないよ」
ちなみに債権を用いて商人や諸侯に出資させる方法も思い付いたけれど、それは止めておいた。
優れた発明の全てが、人を幸せにするとは限らない。
産業革命しかり。現代でさえ持て余した資本主義経済を、円熟していないこの時代に持ち込んだら、どんな結果になるのかわからなかった。
多忙につき遅くなりました。申し訳ありません。