・同情だけなら怪獣でもできる
あの八草というおじさん入りかけのお兄さん、とてつもない剣士さんだった。
俺は浅い切り傷だらけになりながらも戦い抜いてくれたトーマをいたわって、消化活動を見守った。
俺たちが防衛できたのは海岸の一部のみ。
散り散りになった敵兵は迂回路から広大な塩田に忍び込み、母船が撤退するまで破壊の限りを尽くした。
俺たちは3つの水門と、5つの塩釜、それに各地に塩を送る配送拠点を焼き討ちにされてしまった。
確実なことは言えないけど、最悪は塩の供給能力がしばらく半減することになる。
「うっっ……じ、自分も行きますっ、殿下!」
「傷口からばい菌が入っていたら大変だよ。護衛はリアンヌに任せるから、トーマは休んでいて」
「で、ですが、あのヤクザが!! うっっ……!!」
「トーマに死なれたら困るから、ちゃんと休んで、清潔にしていて。……お医者さんにはあのことを言い含めておいたから」
「自分には、小姓としての、役目が……う……」
屋敷に戻り、トーマをこっちのトーマの部屋に寝かせて、やっと出立を決めたのは夜が明け始めた早朝だった。
【物理耐性◎】を持つトーマにここまでの傷を負わせるだなんて、あのヤクサさんは本当にとてつもない剣士だ。
「おやすみ、トーマ。僕を守ってくれてありがとう、心から感謝している」
「殿……下……光栄、です……。ん……」
俺はトーマが眠るまで手を取って見守った。
3つ上のお姉さんは、すぐにやすらかな寝息を立て始めた。
それから俺はトーマの部屋を離れ、エントランスで待ってくれているリアンヌの前に立った。
「トーマは?」
「お医者さんが薬を飲ませたから、今はおとなしくしてくれている」
「そう……。心配?」
「傷はかなり浅いし、怖いのは感染症だけだよ。さあ行こう!」
すぐにリアンヌと一緒にお屋敷から王城へと出立した。
これから城に戻り、父上に事の一部始終と塩田の被害状況を報告する。
「あのヤクザさん、娘を人質にされてるんだよね……。カナちゃん、だっけ……」
「だから、ヤク・サだってば」
「なんか可哀想だった……」
俺もそう思う。
娘の身柄のために、誇りも何もかもを捨てた男。そんな印象だった。
「そうだね。……トーマが傷だらけにされたのは、気に入らないけど」
「そうだけどっ! でもっ、想像するだけでも辛いよ! 自分の娘が、知らないとこで酷い目に遭ってるかもしれないんだよ……?」
でも全ての人を救うことはできない。
俺が守りたい人を守るには、あの人とその娘を犠牲にしなければならない。
「カナとヤクサ。日本人っぽい名前を聞いちゃうと、まあさすがにちょっとね……」
どんな子なのかなとか想像してしまう。
「それはそうと、私の戦いっぷりどうだったっ!?」
「凄かった。後半はトーマとヤクサさんに夢中で、それどころじゃなかったけど」
「えーーっ、敵のリーダーをやっつけたところもっ!?」
「ごめん、見てなかった」
実際、俺もさらわれるかもわからない状況だったし。
「そんなぁ……。アリクが見てくれてると思って、ノリノリで切ったはったしてたのに……」
「ギグ、だっけ? まさか君みたいな怪獣が岸で暴れているとは、彼も思わなかっただろうね」
大傭兵団の副団長だそうだから、あっちもヤクサさんに次ぐくらい強かったはずなんだけど。
気付いたら雑魚みたいにやっつけられていた。
「ギャォォーッッ!! って、誰が怪獣だぁーっ!」
「あははっ、マンモスを倒すくらいだもん。リアンヌは立派な怪獣だよ」
「こらーっ! そんなこと言うとアリクも食べちゃうぞーっ!」
「ふふ……っ。僕くらいの子供に言ったら、大喜びで逃げ回ってくれそうなセリフだね」
暗い報告をしなければならないのに、リアンヌのおかげで明るい気持ちになれた。
馬車で3時間の距離も、馬で急げば1時間ちょっとだ。
俺はリアンヌの腰に両手を回して、尽きることのない言葉を交わしながら、ちょっとお尻の痛い楽しい旅路を急いだ。
こうして子供同士でくっついていられるのも、今だけの特権に感じられた。
きっと生前のリアンヌには、怪獣ごっこで喜ぶ弟がいたんだろう、とも。
がお・・・