・奴隷剣士と黄金の魔弾 - 幸せの引換券 -
続く上陸部隊は矢に射られ、石を投げつけられた。
だがあの嵐を食らうよりはずっといい。果敢にやつらは前進した。
俺は様子をうかがいながら忍び寄った。
弾除けになれと言われたが、アリクさえ捕らえちまえばこっちのもんだ。
上陸兵たちがそのきっかけを切り開いてくれるのを待った。
「くらえーっ、峰打ちっっ!」
しかしそうはなっちゃくれなかった。
黄金の輝きを持った小娘がバリケードから姿を現し、峰打ちと称して海まで上陸兵を叩き飛ばした。
まるで猛牛のような異常なパワーだ。
俺は剣士として、剣士の常識を無視するその戦いっぷりに目を奪われた。
まさか、あれが噂の、ガルム傭兵団工作部隊を返り討ちにしたという、リアンヌ公女か……?
バ、バカつええ……なんだありゃぁ……。
「囲めっ、囲めっ!」
「どうぞどうぞ、こんな囮でよかったら! みんなやっちゃえっ!!」
リアンヌ公女を狙って傭兵たちが密集すると、そこに弓と石が集中的に撃ち込まれた。
もうちょい見ていたかったが、その混戦は俺にとっても大きなチャンスだ。
俺は闇に乗じてアリク王子に忍び寄った。
「ふぅっ、ふぅっ……。う、うっ……さすがにもう、撃てないよ……」
「お疲れさまです殿下、後は自分らにお任せを!」
信じられん……。
あの風魔法の嵐は、アリク王子ただ一人の仕事だった。
だがチャンスだ。アリク王子は疲弊している。
今ならば容易くさらえる……。
ああ、悪く思わないでくれ……。
良いやつとは聞いているが、悪い……。
俺とカナの未来のために、犠牲になってくれ……。
俺は暗闇の中から、一匹の野獣となってアリク王子を襲った。
「くっ、またガキだとっ?!」
「自分が気付いていないと思っていたか、伏兵め」
だがまたガキだ。今度はスラッとした背の高いガキに阻まれた。
俺とそのガキは剣と刀を交えてぶつかり合った。
「そこの王子様、俺にくれや……」
「ならば奪い取ってみせろ!」
「上等だコラァッッ!!」
このガキ、なんか変だ……。
暗闇に乗じた俺の奇襲をどうやって防いだ?
なぜこちらの刃をこうも恐れずに迎え撃てる?
……後者の疑問は、すぐに解けることになった。
「ッッ……!」
「あ……? 斬ったよな、今……?」
そいつは斬っても斬れなかった。
肩からばっさりやったはずなんだが、刀がそこで止まってしまった。
「やるじゃないか。自分はトーマ・タイス、今はアリク王子の小姓だ! 名を名乗れ、人攫い!」
「おう、俺は――って、名乗るかバーカッ! いいから王子を俺にさらわせろ!」
技、力はこちらが勝っている。
こいつが成人していたらヤバかったかもしれねぇが、情けをかけている場合じゃねぇ。
「わからないな、どうして僕をさらいたいの?」
「殿下っ、後退して下さい!」
「リアンヌが退いたら僕も考えるよ」
「ああもうっ、いつもいつもっ、少しは護衛をする側の身にもなって下さいっ!!」
アリク王子はステリオスのショタコン野郎が気に入るだけあって美しかった。
だが子供離れした得体の知れぬ何かを感じて、俺は薄ら寒く感じたね。
俺とトーマ・タイスは打ち合った。
いくら力を込めて斬っても、トーマにはかすり傷程度しか入らねぇ……。
「ステリオスの野郎がよ、王子様の身柄と、うちの娘を交換してくれるんだってよ……」
「お兄さんの娘さん、捕まっているの?」
「そうさ、酷ぇ話だろ……。だから、俺たちのために、犠牲になってくれよ、王子様……」
「うん、そうか。それはどうしようかな……」
変なガキだ。アリク王子はバカ正直に俺の要求を検討した。
アリク王子は娘のカナと同じくらいの背丈だった。
この子をさらえば、この子の父と母は俺と同じ苦しみを味わうことになるだろう……。
だが引き下がる気はない。
カナの幸せのためなら、他のやつらの人生がぶち壊しになったところで知るか!
「同情はする! だが殿下は我が国の宝、渡すものかっ!!」
「ならば奪い取るのみだ!!」
トーマ、アリク、リアンヌ。この若さでこの才能、恐ろしい連中だ。
俺はトーマとさらに斬り結び合い、その才能を惜しんだ。
この戦い、時間をかければ押し切れる。
そう思い始めていたんだが、そこに計算違いが起きた。
塩田に騎馬兵が殴り込んできた。
退路を確認すれば、黄金に輝くあの小さな戦乙女が、なんとギグの野郎を討ち取っていた。
あとちょっとだった。
あとちょっとで俺の娘は救われたはずだった。
だがステリオスがこの件で機嫌を損ねれば、こうなりゃどうなるかもわからねぇ……。
まずい……。
「俺は諦めねぇぜ、王子様……。お前は俺とカナの、幸せの引換券なんだよ……」
ギグがやられちゃ戦にならねぇ。
一度船に戻り、事情を伝えて、この国に潜伏する……。
アリク王子を必ずさらって戻ると誓えば、ステリオスはわかってくれる……そう信じるしかねぇ。
「うん、考えておくよ。で、お兄さんの名前は?」
「……八草だ。坊やを地獄の底に叩き落とす男の名だ、覚えときな……」
「またね、ヤクザさん」
「やーくーさっ、ザじゃねぇっ、サだっ!!」
俺は逃げた。
一発背中に矢を撃ち込まれたが、海に潜っちまえば死ぬ気で母船を目指すだけだった。
いや、だがよ……。
「おいおい……そりゃねぇだろ、おい……。ふざけんなっ待ちやがれテメェらぁぁっっ!!」
俺たちは母船に見捨てられた。
既に反転していた母船は、帆を広げて海原の闇へと消えていった。
「は、ははは、はは……。外道の敗残兵には、お似合いの末路か……。すまねぇ、カナ……、どうか無事でいてくれ……」
必ず父ちゃんが、アリク王子をさらって戻る……。
だから頼む、無事でいてくれ、カナ……。
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ポーション工場2巻の最終稿に入ったため、もしかしたら更新が滞るかもしれません。