・つかの間の余暇
わかってはいた。
一度ここに帰ってきたら、グリンリバーにはなかなか戻らせてはくれないんだろうって。
父上も母上もアリク王子の現場主義にはとても否定的で、離宮からできる仕事は離宮でするように諭してきた。
「で、でも、高炉の温度をもっと上げたいんだ。そうしないといずれは、溶けない成分が炉の中で固まって、目詰まりを起こしちゃうと思うんだ!」
ちょっと大げさに話を盛って、どうにかしてあっちにまた戻れないかと父上に訴えた。
「それは困る」
「そうでしょ! だから僕を現場に――」
「だが、お前が現地で全てをやる必要はない。準備が整うまでは、ここから指揮をしなさい」
俺の要求は通らなかった。
王子がする必要のない仕事までしなくていいと正論を言って、また離宮に俺を縛り付けた。
炉の耐熱性を高めるために、俺は珪石と石灰岩の調達を要請していた。
石灰岩はアイギュストス領で手に入る。
けれど珪石は、経済封鎖に加わっている国からの密輸になるようで、手配に時間がかかると言われた。
「出かけたい!!」
「ダメだ。経済封鎖打開の鍵はお前だ、アリク。国のことを思うならば、安全な場所に居てくれ。父も母も、お前があちらに行っている間、ずっと心配だったのだ……」
王族はやっぱり不自由だ……。
わざわざこんな身分になりたがるターニャさんの気持ちが、俺には理解できなかった。
・
ところがそんな折り、ルキの天秤のギルドマスター・レスター様が離宮にやってきた。
「この前は助かったぜ。からあげくんがお前によろしくだってよ」
「そう。だったら力になれて良かったって、伝えておいて。それとあのスキル、今は母上が持っているんだ」
「おう、食った食った! からあげくんも冒険者なんかより、からあげ屋を始めりゃ今頃金持ちになれただろうになぁ!」
「からあげ扱いはもう止めてあげなよ……」
あの日、冒険者ギルドでスキルをトレードした冒険者たちは、新しいスキルにとても満足しているようだった。
でもそんなことを言いに、レスター様がわざわざここを訪ねてくるとは思えない。
俺は見上げるほどに大きなレスター様を、庭園の東屋で迎えていた。
最近ご多忙なのか、白髪がまた増えたように見えた……。
その白髪を見ていると、ついこの前まで一緒に仕事をしていたのに、俺だけ時に取り残されたような気分になった。
「この前のアレ、またやっちゃくれねぇか?」
「スキル合成のこと?」
「そうだ。うちのやつらを鍛えてくれ」
「なんの用事かと思ったけど、レスター様はそのためにきたの?」
恩人であるレスター様にそう言われたら、当然断れない。
冒険者を強化すれば、その分だけレスター様が楽をできるんだから、これは恩返しの一環だ。
それに一応だけど、俺はまだギルド職員アリクでもあった。
レスター様は死にかけのアリクを救ってくれた。
冤罪で裁かれた後もずっと彼を支えてくれた。
「いや、もう1つある。ロドリックから話を聞いてな、良けりゃ俺と一緒に迷宮に行かないか?」
「え……っ? え、それって、お、俺がっ!? あの父上がっ、そんな許可を出したのっ!?」
「俺の提案だ。どうだ、お前の小姓とリアンヌ公女、それと俺。それにお前に強化してもらいたい冒険者と一緒に、ちょいと冒険してみねぇか?」
「リアンヌも……?」
それは凄く楽しそう。
だけど美味しいところを全部持って行かれそうでもある……。
「行きたい!! 行きたいけど、でもどうやってレスター様は父上を説得したの……?」
「おう、お前の塩田と製鉄に、うちの炎魔法使いが軒並み高給で引き抜かれちまってなぁ……」
「あ、ごめん……。そんなことになってたんだ……」
「そこでお前の才能の出番ってわけだ。うちの連中をちょいと鍛えてくれりゃ帳尻が合うってもんだろ? それにお前、モンスターからスキルを抜き取れるんだろ?」
「うん、そうだけど」
「なら俺たちと一緒に行くべきだろ!」
炎魔法使いは製鉄と塩田に必要不可欠だ。
特に製鉄は、全て木炭でやっていたらコストがかかって採算が合わない。
炉の温度もきっと、砂鉄を溶かすほどにはならないと思う。
俺がやったことのしわ寄せが、レスター様たち冒険者に向かってしまっていた。
「わかった。元ギルド職員アリクとして、昔のみんなのためにがんばるよ」
「そうか、ありがとよ。……おう、ところでだが、あのクソ野郎、リーガンの噂は聞いたか?」
「え?」
「そうか、いや知らねぇなら別にいい。こりゃ王子様にする話でもねぇしな」
職員アリクからサーシャを寝取った男リーガン。
憎んでいた頃もあったけれど、真実を知った今は彼にそこまでの恨みはない。
「そういえばそんな人もいたね」
「気になるなら聞くか?」
職員アリクを罪を擦り付けるようにそそのかしたのはサーシャだ。
彼も俺も同じ女に騙されていたと思えば、敵ではあるけど多少の同情の余地あった。
「いい。もうそんな人、どうでもいいよ」
「はっはっはっ、それもそうだな!」
それもあってリーガンの行方が気になるような気もしたけど、やはり詳しく聞かないでおくことにした。
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