・父上に経済封鎖を断つ刃を届けよう - 虎と猫と鈍色の刃 -
僕の背は兄上の胸の辺りまでしかない。
そんな大きくて恐い兄上が一般兵が使う曇った剣を握り、俺は兄へと輝くナイフを向けていた。
「あの頃はあんなに小さかったというのに、大きくなったものだ」
「僕から見たらっ、兄上はずっと大きいままだよーっ?!」
「いくぞ、アリク」
「ちょ、ちょっとっ、待ってよ兄上っ、わぁぁっっ?!」
俺だけではなく、誰もが少なからずヒヤリとしただろう。
けれども俺は小さな手で両手持ちにしたナイフで、兄上の剣をしっかりと受け止めていた。
「あ、あれ……?」
「ほぅ、手を抜いたとはいえ、その歳でこれを止めるか……」
そうだった。
俺には【筋力強化・小】スキルが2つもあったのだった。
さらには【技量強化】も2つ、【敏捷強化】も2つある。
そんな俺は身体を迅速にさばき、兄上の次の刃を受け流してみせた。
当然、子供らしからぬ身のこなしと筋力にみんなが沸いた。
「面白い……。次はこの兄も本気で行くぞ、アリク」
「ま、待ってよ兄上っ?! 兄上の本気なんて受け止められる訳ないよーっ!?」
「待てギルベルドッ、それ以上無茶をさせるな!」
父上もさすがにやり過ぎだと思ったようで、兄上を止めようとした。
しかし兄上は我が道を行く人だ。
父に言われようとも止まらなかった。
「我ら兄弟に口出し無用! ゆくぞ、アリクッ!!」
「ひ、ひぇっっ?!!」
し、死ぬ……死んじゃう……っ。
俺は生き残るために、一心不乱で兄上の刃を迎撃した。
すると――
「む……。折れたか」
力任せに振るわれた兄上の剣は、少年の持つナイフに冷たい音を立ててへし折られていた。
し、死ぬかと、思った……。
「ギルベルドッ、お前は何を考えているっっ!!」
パフォーマンスとしてはこれで大成功。
だけど父上もさすがの兄上の暴走にキレていた。
そんな父上に、兄上はへし折れた剣を突きつけてふんぞり返った。
「見たか父上っ、アリクはやはり神童だ!! 母よ、外交官たちよ、アリクの剣を見よ! これが我が国の鋼だ! この鋼の前には全ての鉄がなまくらよ!!」
この父あってこの息子ありだと思った。
恐い思いをした俺は、情けないけどジェイナスに支えられることになっていた。
「ギルベルド様とアリク様がおられれば、次の時代のカナン王国も安泰ですな。祖国アインベックには、ウェルカヌスと組む価値なし、カナンこそ勝ち馬。と伝えましょう」
王子と王子の決闘まがいのパフォーマンスは大成功だ。
外交官たちは興奮している。
「こちらのインゴッドを我がツヴァイヘルを下さりますかな? 私は国元に戻り、国を説得してまいりましょう。これまでの古い鉄で、この強靱な鋼で揃えた軍隊を相手にする日がやってきても良いのか、と脅して参ります」
こうなると、煤けたままのインゴッドもこちらに持ち帰っておくべきだった。
「ギルベルド、わたくしは貴方をそんな乱暴者に育てた覚えはありませんよ」
「何を言う、俺がこうなったのは母のせいだ。こんな苛烈な父と母を見て育てば、こうもなろう」
「母は無粋な男になれとは言っていません。この鋼は、農工業にも大きな貢献をし、下々の民を豊かにすることになるでしょう。母はこれより、エルドランに出立し、弟王を説き伏せましょう」
凄く恐い継母が俺を見た。
笑ったり、認めるようにうなずいたりはしてくれなかった。
恐い目がアリク少年をずっと見つめて、気のせいでなければ認めてくれているようにも、若干感じられなくもなかった……。
「尽くしなさい」
「は、はい……」
最後にマグダ様は俺の肩に手をおいて、そうとだけ言って練兵所を去った。
外交官たちも続けて出て行き、兄上に渋い顔を送る父上と、堂々とする兄上と、俺の背を支えてくれるジェイナスが残った。
「時々、虎と猫の兄弟を見ているような気になるぞ……」
「虎……? 何を言う、アリクは竜だ」
「お前が虎だっ、ギルベルドッ!」
「たとえ話はどうでもいい。それよりも父上、鉄の国産化に成功した以上は、計画を加速させてゆくぞ」
かくして父上への報告は、外交官へのパフォーマンスにも発展して大成功をおさめた。
プロジェクトがさらに高く再評価され、父上たちは多くの人員と予算、物資をグリンリバーや、砂鉄の産地に回してくれることになった。
もちろん、村長さんに頼まれた集合住宅への予算も下りた。
アグニアさんの要望でもある炎魔法使いの確保も。
こうしてウェルカヌスの経済封鎖を破るために、鉄の量産に国中が全力で動き出していった。
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