・父上に経済封鎖を断つ刃を届けよう - ただいま、母上 -
帰り道、馬にまたがる近衛兵さんたちに六方を守られながら、御者席のトーマが後ろの俺にこう言った。
「リアンヌ様に会いたくなりますね……」
「そうだね。こうも近いと、ついつい寄りたくなっちゃうよね」
だけど今はそうもいかなかった。
俺たちは成果を馬車に積んで、きっと気を揉んでいるであろう母上のところに戻らなければならなかった。
アイギュストス領を目前にして街道を西に曲がり、その先の大橋を越えて、俺たちはペースを早めて王都へと引き返していった。
ほんの二泊のだったのに、いざ帰るとなると急に母上の笑顔が恋しくなった。
やがて馬車は王都の立派な防壁を抜けて、華やかな王都市街に入り、さらに進んで城壁の内部へと、馬車は俺たちを飲み込んだ。
馬車を降りて宮廷に足を下ろすと、大切な息子の帰還に母上がエントランスホールに飛んできた。
俺は宮廷の人々の前で、愛情深い母親の抱擁を受けることになった。
「ただいま、母上」
「はぁ、心配したわ……。リアンヌちゃんみたいに、アリクが変な人たちにさらわれたらどうしようって、ずっと苦しかったのよ……」
「僕なら大丈夫だよ。仮にさらわれたしても、リアンヌみたいに情報や成果を握って帰ってくると約束するよ」
「バカなことは止めなさい。もう……っ、あんまり私を心配させないで」
どんどんませてゆく息子を、母上はとても不満そうな顔を見せてからまた強く抱きしめた。
まだ小さな俺はその抱擁になすすべもなかった。
やさしい母上の匂いに子供らしい幸福を覚えた。
転生者として理性やプライドを投げ捨てて、『母上大好き』と言葉にしたくなるほどだった。
「と、尊い……っ、素直な殿下が尊い……っ! ところなのですが、リドリー様っ! 自分たちは急ぎ、陛下に報告をしなければなりません……」
母上も現在の危うい状況を理解している。
その危険な事態に我が子を巻き込むことには不承不承のようだけれど、母上は仕方なしに抱擁をといて、息子の背中を押してくれた。
「あんまり悪巧みばかりしていると、ギルベルドお兄さんみたいな恐い大人になっちゃうわよ。気を付けなさい、アリク」
「そうだね。うん、素直さを忘れないようにするよ」
もしあんなふうになったら、さぞや生きづらいだろうし……。
父上も兄上も、クソ真面目ゆえにああいう生き方を選ぶことになったんだろうな。
「行ってくる。僕、父上にね、自慢したいことがいっぱいあるんだ」
「そう。いってらっしゃい、アリク」
母上は櫛を取り出して息子の髪を軽くとかしてくれてから、自分の公務に戻っていった。
今は国内がこんな状況だから、母上も離宮で奥さんだけをやっているわけにはいかないようだった。
「お帰りなさいませ、殿下。このジェイナス、殿下の御身を一時も忘れることなく案じておりました……」
絶対不可侵の地、政務室を目指すと途中でジェイナスが迎えてくれた。
エントランスホールで母上と一緒に待たなかったのは、彼なりの気づかいだったのだろうか。
「ジェイナスも母上と同じことを言ってる……」
「当然です。貴方は私たちの大切な宝物なのですよ。……トーマ、よくやってくれた。旅の疲れを癒しなさい。報告は後ほど聞きます」
「はっ、お待ちしております!」
トーマはジェイナスに続いて王子にも敬礼をして、抱えていた荷物をジェイナスに渡すと、振り返らずに離宮の方へと去っていった。
今回の遠征はトーマにたくさんの苦労をかけてしまった。
報告だってきっと大変だろう……。
「このズッシリとした確かな重さ……。期待してもよろしいのですね、殿下」
「うん。詳しい話は父上の前でね」
そう軽く返すと、ジェイナスは俺のことを我を忘れたように長く見つめた。
そこで小さな王子様は、『どうしたの?』と首をかわいらしく傾げて見せた。
「ロドリック陛下は貴方が産まれるなり、この子はカナン王国の希望とおっしゃっていましたが、まさかそれが、誇張でもなんでもない事実となろうとは……」
違う。俺は現代の知識をこの世界を持ち込んでいるだけだ。
本当の功労者は、ヒッタイト族や、たたら製鉄を生み出した伝説の民だ。
「僕はこの先の未来に起こり得る出来事を、ただ前倒しにさせているだけだよ。本当に立派なのは、現場で汗を流している人たちだよ」
「牛は牛です。牛飼いにはなれません。……さて、では参りましょうか」
貴族制の時代らしい考え方だ。
俺たちは私語の許されない廊下を進み、父上の待つ政務室の扉をノックした。
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