・砂鉄を精錬してお城に帰ろう! - 完成・反撃の刃 -
もうじき昼といった時分になると、炊事を担当していた近衛兵さんたちと一緒にターニャさんが押し掛けてきた。
「ターニャ殿。なぜ、貴女が、ここに?」
「あたし、町のためにがんばって下さるアリク様のお手伝いがしたくて……。お昼ご飯の手伝いをしていたの……っ♪」
ターニャさんはトーマを眼中に入れていなかった。
言葉ではトーマに返事を返しながらも、アリク王子へと恥じらい混じりの熱い目線を送っていた。
それがどれだけトーマの神経を逆撫でするか、彼女もそろそろ理解しているだろうに、お構いなしだった。
「すまん、トーマ……。手伝わせてくれなければ舌を噛むと、脅されてな……」
もしその通りになればアリク王子の統治に支障が出る。
調理を手伝わせてこうして事後報告するしか、昼食担当の近衛兵さんにはなかったのだろう。
普通に考えたら王子に毒を盛られる可能性があるけれど、そもそもその王子に毒が効かない。
妥当な判断だったと思う。
「なんと非常識な女だ……っ。殿下、なりませんっ! この女は女狐です! 上辺だけの甘言を真に受けてはなりませんっ!!」
言われなくてもそんなことわかっているよ、トーマ。
俺なんかに言い寄る人が現れたということは、それだけカナン王家の権威が高まっているってことだ。
「あのね、ターニャさん……。僕、リアンヌっていう、凄く仲の良い婚約者がいるんだけど……」
「知ってます。でもあたし、王子様のお隣にいられるなら、別に側室でかまいません……」
ええええ…………。
そんなに乗りたいものなのかな、玉の輿って……。
そりゃこんな田舎暮らしから抜け出して、華やかな王宮で暮らしたいって気持ちになるのもわかるけれど……。
王宮暮らしってそこまで良い物とも思えない。
「おもろいとこ悪いけど、そろそろ炉を開く時間や。ほんま、はたから見る分にはおもろいけどなぁーっ!」
「他人事だと思って……。振り回される僕の身にもなってよ、アグニアさん……」
「軟弱なのが悪いんや」
「ぅ……」
まさかのド正論だった……。
「男ならバシッと、この雌豚言うてやれや」
「言えるわけないでしょっ、そんな酷いことっっ?!」
ともかく俺たちは昼食を先延ばしにして、炉の前に再び集合した。
みんなの注目と期待の眼差しを受けながら、三度目の正直の炉が開かれてゆく。
すると赤熱する液体が外へと流れ出し、それが下部に置かれた大きな坩堝へと集められた。
さらにアグニアさんは坩堝からインゴッドの型へと溶けた鉄を流し込み、合計で13本のアイアンインゴットに次々と整形してみせた。
炉を確認してみると、内部にはごく少量のスラグが残るのみ。
この砂鉄にもあの青白いチタンもどきが混じっていたようだけれど、このくらいの量ならば通常のスラグと変わりないだろう。
「成功、ですよね、殿下……?」
「うん……。でもなんだかあっけないね……」
「そう思うんなら、城に持って帰らへんでもええでー? おとうちゃんに良い顔したかったんやろー?」
そう、俺はもっと父上とギルベルド兄上に認められたかった。
王族の一員として、もう戻れない深淵まで踏み込んでしまった俺は、あの陰謀家の血族を支えたかった。
成功だ。これでリアンヌをさらった卑怯者の薄汚い企みをひっくり返せる。
そう思うと、遅れてじわじわと熱いものが胸にこみ上げてきた。
これを持ち帰れば父上とジェイナスがとても喜ぶ。
今の自分にはそれだけで十分だ。
大切に俺を育んでくれたあの二人を笑顔にしたかった。
「ありがとう、アグニアさん。これで僕たちの道が拓けるよ。父上にも胸が張れて僕も嬉しいよ」
「ほな、出発前にナイフ1本くらいこしらえたる」
「え……。でも、アグニアさん凄く疲れてるんじゃ……」
「王様にでかい顔できるんやろーっ!? そらおもろいわーっ、うちに任せとき!」
そう返されて俺はつい笑ってしまった。
アグニアさんは名工だって、俺も父上にドヤ顔でナイフと共に報告したい。
「わかった! だったら僕は、この成功品の砂鉄の産地に発注の書状を書くよ」
「王子様はちっこいのに頼りになるなぁ!」
「ちっこいは余計だよ」
大きなアグニアさんと、小さなアリク王子は友情の握手を交わして、ペコペコのお腹を満たすために昼食のサンドイッチを手に取った。
「うん、美味しいよ。わざわざ作ってくれてありがとう、ターニャさん」
「あ……。う、うん……」
「どうしたの、ターニャさん?」
「う、ううん、なんでもない……。あ、いや、ただ……」
なんだかターニャさんの様子が変だった。
ターニャさんがあの媚び媚びしい態度を急に止めて大人しくなっていたので、否が応にも様子に興味がわいた。
「あたし、アリク様のことを勘違いしてた。アリク様は、凄い人なのね……うん、本当に凄いっ!」
「う、うん……? 別に普通だと思うよ……?」
よくわからないけど褒められた。
それはこれまでの中身のない賞賛ではなくて、彼女の本心のようにも見える。
「殿下。リアンヌ様との婚姻は王家の命綱。その女に気を許すのはどうかと」
「そうだね、ごめん」
嫌われ者役を演じてくれてありがとう。
そうトーマに密かに感謝しながら、俺はサンドイッチを片手に書状を仕上げていった。
この砂鉄を急ぎ納入しなければならない。
そのためには、現地に予算と労働者を回す必要もあるだろう。
書状を俺が作れば、文官や父上の手間を減るんだからそれだけこの計画が加速する。
俺たちの新たな敵、連合ウェルカヌスに反撃の一手を入れる刃がもうじき完成しようとしていた。
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