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・砂鉄を精錬してお城に帰ろう! - 散ったん -

「くさっ、くっさっっ! 中に臭いがこびり付いとるで……っ!」


 スラグの除去だけでざっと1時間半を費やすことになった。

 それでも高炉からは硫黄の不快な十分に臭いが取れず、もう一度火を入れて残留物を溶かし出さなければならなかった。


「なんや王子様、落ち込んどるんか? こないな失敗、よくあることや。気にしぃや」

「空を見上げてご覧下さい殿下、時刻はまだ午前です。時間はまだまだありますよ」


 このプロジェクトには既に莫大な予算と労力が費やされている。

 なんとしても成功報告を王宮に持ち帰りたい。


「ほな、どの砂鉄試そか?」

「僕はグリンリバーの砂鉄を試してみたい」


「よっしゃ、うちらに任せい!」

「うん……お願い」


 手伝いたいけれど、製鉄にちんちくりんの子供が加わっても邪魔なだけだった。

 というより、トーマも近衛兵さんたちも、火を危ない使う作業には王子を絶対に近付けさせないつもりだ。


「せやけど、この砂鉄と、砕いた木炭を交互に入れるっちゅうのは面白いと思うで」

「そうかな……?」


「せや! やっぱ王子様は天才さんやなぁ!」

「先の時代で誰かが思い付くことを、僕はそれをただ前倒しにしているだけだよ」


「何言っとんのかわからへんわ。天才は天才や!」


 砕いた木炭は暴力的に感じられるほどに燃焼力が高く、煙突から物凄い音を立てて黒煙と熱風が吹き出している。

 近衛兵さんたちが交代で高炉に繋がれたフイゴを踏み押して、それが炉の温度を上げていった。


 これはちょっと信じられない話かもしれないけど……。

 魔法による製鉄に頼り切りだったこの世界には、なんとつい先日までフイゴすら存在していなかった。


「休憩いたしましょう、殿下」

「……ううん、戻っても手持ちぶさただから、ここで領主の仕事をしたい」


「ここで、ですか……? 煙くありませんか?」

「ダメかな……。ここでずっと、みんなのがんばる姿を見ていたいんだけど……」


「ダメとは言っていません。近衛兵っ、殿下の仕事道具を急ぎここへ!」


 わがままを言って筆記用具一式を書斎から、簡単な机を製材所から運んでもらった。

 するとあの書斎室に引きこもっているよりも、ずっと素敵な仕事環境が整った。


 俺は書類とにらみ合いながらも高炉の煙を時々見上げて、父上に請求する予算や物資を紙にまとめていった。


 『何が必要?』って聞く相手がすぐそこにいるんだから、仕事のフットワークも良くて快適だった。


「よし、そろそろええやろ! 王子様にお見せせぇ!」


 それから1時間ほど待つと、炉を開いて鉄を型に流し込んでみることになった。

 俺たちは炉の前に集まり、赤熱した鉄が液体となって流れ出ることを期待した。


 結果は――少し変な感じだ。

 奥から真っ赤に溶けた鉄が流れ出てはきたんだけれど、どうにも流れが悪い。


「あかん……これ、溶けへんやつや……」

「溶け、へん? アグニア殿、それはどういうことですか?」


「こりゃぁ溶けへん不純物の多い鉄や……。こんな鉄使っとったら、すぐに炉が詰まってまうでー……」


 溶けない鉄。それに俺は強い興味を覚えた。

 確かに失敗ではあるけれど、厄介な不純物ではあるんだけれど、それが具体的になんなのかとても気になった。


「ねぇ、その溶けないスラグを取り出せる? すぐに見てみたい」

「使えへんゴミや、価値なんてあやらへんで」


「そうかな。もしそれを溶かせるようになったら、ゴミじゃなくて宝に変わるかもよ」


 炉の中からそのスラグを掻き出してもらった。

 液体化した鉄の中に、やや赤熱したやわらかな物体が砂利のように混じっている。


 アグニアさんは忌々しいその不純物を取り出して、水の入ったバケツに落としてくれた。


「せやなぁ。ちょい前までなら否定しとったけど、こら結構惜しいところまでいったかもしれんなぁ……」

「うん、もうちょっと炉の温度が高ければ、この金属も溶かせたんじゃないかな」


 アグニアさんは木炭で煤けたその表面をヤスリで軽く削ってから、俺の手の小さなひらに置いた。


 製鉄の邪魔になる、やたらに溶けにくい厄介な金属。

 それは現代においても加工が難しく、そのため加工費にかなりのコストが乗ることになっている、あの金属(・・・・)ではないだろうか。


 そう思いながら観察してみると、俺は落胆と一緒に困惑に首を傾げた。


「チタン……かと期待したんだけど、チタンじゃない……」

「散ったん? ちっとも散っとらんよっ、ええよっ! 2回目でこれなら上出来やよ!」


 その金属のヤスリを受けた部分は青白かった。

 それに鉄やチタンよりもやや軽く感じた。


「アグニアさん、そのヤスリ大丈夫?」

「なんの話や? うちの秘蔵のヤスリが、そんじゃそこらのクズ鉄に――な、なんやぁぁっっ?!!」


 アグニアさんのヤスリを見てみると、ヤスリの方がその青白いスラグに負けていた。


「現状はまともに加工できないし、鉄として売っても採算が合わないと思うけど、このスラグは凄いね……」

「え、ええやんっ! これあればっ、無敵の剣が作れるてまうでーっ!?」


「剣に加工できれば、だけどね。加工費を考えると、こんなの売り物になるかもだいぶ怪しいよ」

「ええて、ええて! 全部これ、倉庫にぶっこんどこ! スラグやあらへんっ、こら宝の山や!」


「僕もそう思うよ」


 グリンリバーの砂鉄は、謎のチタンもどきが3で鉄が7だった。

 こんな物をこの炉で溶かし続けていたら、アグニアさんの言う通りすぐに炉が詰まってしまう。


 凄く惜しいけど、今はこの素晴らしい砂鉄を使えなかった。


「でも今父上にお見せしなければならないのは、経済封鎖に対抗する鍵であり、輸出品にもなる安価な鉄だ。すぐに別の砂鉄を試してくれる?」

「ええで。もっかいくらいなら、ま、うちの魔力ももつやろ」


「ごめんね、無理をさせちゃって……」

「ええてええて! うちはこんなおもろい仕事、初めてや!」


 チタンもどきを大切に倉庫へ押し込み、俺はアグニアさんの精錬を再び粗末な机から見守った。

 古代において金属は富そのものだ。


 もしこのチタンもどきの精錬に成功したら、もしかしたら金に次ぐ貨幣として流通させることもできるかもしれない。


 色合いが青白く美しいのも良い。

 それに鍛冶ではなく鋳造ならば、どうにかなりそうな気もしなくてもなかった。

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