・アリク王子(3歳) 古巣サザンクロスギルド崩壊の序曲
その日、王の宮に来客があった。
父がリドリーを迎えてより、一度も王の宮に姿を現さなかった第一王子がふらりとここに現れた。
父は不在で、リドリーと俺が迎えることになった。
「ようこそおいで下さいました、ギルベルド様」
「うん」
「本当にごめんなさい」
「誤解があるようだな。リドリーお義母上を恨んでいたりなどしない。それより……」
王子ギルベルトは母よりも俺に興味があるようだった。
「今、何歳だ?」
「もうじき4歳になります」
「ほう」
ギルベルトは大柄な男だった。
父に似た剛毛の黒い髪と、凛々しい顔立ち、まだ20代後半なのに底知れない威圧感を持っている。
「はじめ、まして。おにいさま」
「おお……」
「ありく、です」
「ギルベルトだ。俺はお前の異母兄弟にあたる。以後よろしく頼む」
「よろしく、ぎるべる、と、おにいさま……」
子供の舌だとまだ上手く喋れない。
ただでさえ、アリクだった頃は言葉を失っていたのもある。
「これは……父上がああなるのもよくわかる。この子には人を惹き付ける何かがある」
「ギルベルト様、ですがアリクは庶子ですので……」
「少しこの子と遊びたい。いいか?」
「え……で、ですが……」
4年間、1度も会おうとしなかったのになぜ突然と、リドリーは思った。
俺だって兄王子は、庶子の弟に興味などないと勘違いしていた。
「アリク、兵隊ごっこをしよう」
「ちょ、ちょっと待って下さいっ、そんな危険な遊び――!」
「心配するな。弟の首をもいだりなどしない」
兄は子供用の木剣まで用意していた。
俺は剣を握らされ、庭園で剣を兄と向け合った。
才能を試されているのだろうか……。
絶対に叶わぬ相手に、俺は飛び込んだ。
兄は幼児にペースを合わせてくれて、弟の攻撃をしなやかに受け止めてくれた。
「おにいさま、つよい……」
「お前こそもうじき4歳とは思えない。おっと……」
我が子が息切れしてきて、リドリーは心配でたまらなくなったのだろう。
ついに間に飛び込んでくると、我が子をその身でかばった。
「まだ4歳です! あまり危ない遊びを教えないで下さい!」
「すまん」
「え……。あ、いえ、こちらこそすみません……」
「筋がいいのでつい無理をさせた。……このまま成長すれば、良い右腕になる」
彼に認めてもらえたようだった。
彼は感心した様子で腕を組み、まだ小さな子供を高い目線から見つめた。
「この子が庶子で良かった。貴族の母を持てば、下らん争いに巻き込まれていた」
兄が膝を突いて俺を見るので、俺は母リドリーから逃れて木剣を返しに行った。
「それはやる」
「え。ぼくに、くれるの……? ありがとう、おにいさま!」
「王族とはいえ安泰ではない。母を守りたければ、使える男になれ」
「うん!」
兄は弟に木剣をくれて王の宮を去って行った。
俺は未来の王に、それなりに期待されているようだった。
・
・ギルドマスターのギムレット
深夜のギルドにレスターのやつが突然姿を現した。
俺たちがアリクの野郎を身代わりに差し出してから、一杯もうちのギルド酒場じゃ飲まなかったくせに、その日は火酒を注文した。
「ま、待てレスター! 貴様らサザンクロスを裏切るつもりかっ!?」
「おう、新しいギルドを作る」
「なんでだ! 仕事回してやってただろ!?」
レスターは血判状を俺に見せた。
うちのギルドの凄腕たちの名前がそこにずらりだった……。
「まさかテメェ、まだアリクのことを逆恨みしてやがんのかよっ!?」
「逆恨み?」
レスターの鋭い目が俺を睨んだ。
40代に入ってもレスターの野郎は衰え知らずだ。
立場は格下だが、刺激はしたくねぇ……。
「あれはキルゴール検事が勝手にやったことだ! 俺は知らねぇよ!」
「ああそうだったな、お前のバカ息子が始めたことに、お前らが乗っかっただけだったな」
「か、勝手なこと言うんじゃねぇぞ!!」
コイツ、なんで知ってやがる……?
まさか、あの検事が吐いたのか……?
いやありえねぇ! ハッタリだ!
「ひでぇ話だ……。恋人を横取りにした上に、罪を着せて追い出すだなんて、ある日天罰が下ってもおかしくねぇ」
「と、とにかく独立なんて止めろ! 仕事干されてぇのかよ!」
俺が裏から声をかければ、仕事が回ってこなくするなんて簡単だ。
だがもし血判状にある連中が抜けたら、うちの商売は破綻する……。
わからねぇ……!
なぜ今さらコイツらはサザンクロスを裏切る!?
「心配はいらねぇよ。俺たちには頼もしい後ろ盾が出来てな、もうテメェなんぞ怖くねぇのさ」
「後ろ盾だぁ? 誰だよ、ソイツは!」
「ロドリック陛下だ」
「お、おいおい……バカ言うなよ、レスター……。国王陛下が、なんでテメェなんぞの肩を持つんだよっ!」
「それが、俺もよくわからん……。ま、とにかく伝えたぜ」
「ま、待てっ! わかった、わかったから独立は止めろ!」
「その注文はロドリック陛下に言ってくれ」
言えるわけがあるか!
いったい、何が起きている!?
確かにアリクを陥れた件を探られてはいるが、だからと言って、たかが平民のためになぜ王がここまでする!?
「待てレスター! 待てっ、ギルドマスターの俺の命令だ、待てっ!!」
「俺は忘れてねぇぜ。テメェが大怪我をしたアリクを足蹴にして、最後は罪をおっかぶせて追い出したこと、忘れてねぇんだわ……」
どうすればレスターを説得出来る……?
こいつの仲間を脅すか……?
いや、だが後ろ盾が国王となると、うかつなことは出来ねぇ……。
レスターは俺を笑い飛ばし、酒場を出て夜の闇に消えていった。
うちのギルドからAクラス冒険者より上が全員抜ける……。
もしそんなことになったら、営業利益は半減……今期は確実に赤字になる……。
ま、まずい……。
どうにかして、人材を引き止めなければ……。
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