・大きなお姉さんのお話を聞こう 1/2
小さな王子様が握手を求めて手を差し出すと、大きなお姉さんは右手を差し出しかけながらも困り顔を浮かべ出した。
最初の態度は強かったけれど、俺の目にはそんなに嫌な人には見えない。
彼女はきっと、鍛冶師としてこの無謀にも見える計画に、一言もの申したかっただけなんだと思う。
「アグニア様、殿下はただの子供ではありません」
トーマはまだ11歳だけど、言葉づかいから立ち振る舞いまで感心するほどに堂々としている。
「殿下はこの年齢で万に及ぶ図書を読破し、その全てを忘却することなく記憶に止められておられます。我が国筆頭の賢者は誰かと聞かれれば、私はアリク殿下の名を上げましょう」
さすがに賢者扱いは言い過ぎでうさん臭い思うけれど……。
けれどトーマのその言葉は鍛冶師のお姉さん、アグニアさんの心を動かしてくれたようだった。
「はぁ~、トーマはんはしっかりしてるお子やなぁ……。うちがトーマはんくらいの頃は、棒きれ振り回して男の子、追いかけ回してはりましたわぁ」
「ありがとうございます、親がとても厳しかったものでして」
「なんや、ええご両親やん!」
アグニアさんは俺よりトーマが気に入ったみたいだ。
トーマの肩を叩いて豪快に笑顔を浮かべていた。
するとそこに町長の娘さんがやってきて、この応接間で立ち話をしていた俺たちはテーブルにやっと腰掛けることになった。
娘さんはトーマと同い年くらいで、俺たちにお茶としょっぱい小麦の揚げ菓子を出してくれた。
「あの、王子様……っ、後であたしとっ、お話をしませんか……っ!?」
「え、うん、別にいいけど……?」
「本当っ!? あっ、し、失礼しました……っ!」
でも最後はトーマに睨まれて逃げて行ってしまった。
「殿下、あのような軽薄な誘いに気安く乗るのは、私はどうかと」
「ごめん。でも町のことを詳しく聞けかると思って」
「そういうことならば私が彼女から聞き出して報告をいたしましょう。あの女、殿下に気があるのかもしれません」
「はぁ~、王子様も大変やなぁ……」
アグニアさんは紅茶よりもお茶菓子が好きみたいだ。
皿のお茶菓子はもうなくて、指を舐めながら俺たちの様子を眺めている。
「よければ僕の分、いる……?」
「食べ物で釣ろうとしても、そんなん効きはりまへんで?」
「いらないならいいけど」
「そうは言ってはりませんわ! おおきにっ!」
大きな手が皿のお茶菓子を奪って、お姉さんはそれを美味しそうにほおばった。
そんなアグニアさんにトーマは立場もあってかやや難しい顔を、俺の方は笑顔を送った。
「ま、話だけは聞きはりますわ。王子様はあないなクズ鉄で、どないするつもりなんや?」
「うん、まず前提条件が間違っているよ。砂鉄はクズ鉄なんかじゃないよ」
「あんなぁ、王子様……。ああいう鉄は溶けへんのや」
「知っているよ」
「仮に溶かせてもあないなのは不純物が多くて、まともな製品にならへんと思いはりますわ」
「それも承知の上だよ。不純物が多すぎる砂鉄は使わない」
そう答えると、少しは話が通じるようだと思ってくれたのか、アグニアさんは大きな胸の前で腕を組んで身を乗り出した。
「質の良い砂鉄だけを使うくらいなら、鉄鉱石を輸入した方が早い気がしはりますけど……」
「原料が足りなくなるようならそれも良いと思うけど、今はできない」
「なんで?」
「この国が経済封鎖をされかかっているから。この状態を打開する鍵が、鉄と鉄製品の輸出なんだ」
政治の話になると、アグニアさんは首を90度近くも傾けた。
交易や政治の話には、普段興味があまりないのかもしれない。
理解できないのか彼女はしばらく固まってしまっていた。
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遅くなって申し訳ありません。
やっとポーション工場2巻の原稿を返せました。
しばらくは安定するかと思います。