・せせらぎの謳う町グリンリバーの領主になろう!
・アリク8歳
あれから4日が経った。
塩田開発を大公様とリアンヌに任せて、俺は準備を終えると天領グリンリバーへと向かった。
噂によるとリアンヌはあの放蕩趣味をひとたび堪えて、今は父親の身を案じて補佐をしているそうだ。
相手はリアンヌを誘拐するほどの外道だ。
だとすれば次に狙われるのは、大公様や愛する領地である可能性も高かった。
「ここまできてしまうと、リアンヌ様の顔をのぞきに行きたくなりますね」
「うん、そうだね、トーマ」
「お寂しいですか?」
「ううん、トーマが一緒にいてくれるから大丈夫だよ」
「は、はふぅっっ?!!」
「頼りにしているからね、トーマ」
「はいっ、この命に代えましてもっ!」
グリンリバーは大公様のお屋敷から見て南西にある。
王都からの道順は、まずアイギュストス領を目指して東に一時間半進む。すると大橋と川が見えてくるのでそれを越えたら、アイギュストス領はもう目と鼻の先となる。
そこから南に続くこの細い街道を行けば、後はグリンリバーまで一本道だそうだ。
トーマが言う通り、役目を放棄してリアンヌのところに遊びに行きたくなるような道順だった。
俺はトーマが御者をしてくれる馬車に乗り、騎兵をしてくれる近衛兵のお兄さんたちに囲まれながら、左右にくねる街道を進んだ。
グリンリバーそのものは川沿いの平地だそうだけれど、そこに至るまでの道には馬車には難しい勾配がある。
それでも父上がこの場所を選んだのは、河川を使った水運ができるからだ。
加えてこのグリンリバーの付近に砂鉄の鉱床が発見されたのも大きかった。
あれから4日間も準備に時間を費やすことになったのは、原材料や技術者、用地を確保するためだった。
「申し訳ありませんリドリー様リアンヌ様……っっ、こ、このお役目っ、たまりません……っっ」
「トーマ、お願いだから前を向いて運転して」
「はいっ、殿下のご命令とあらば!」
こうやって年上のお姉さんにちやほやされるのは、正直に言ってしまえば嫌じゃない。
自分でも自分のことかわいいと思うし、これが俺の長所ならこれからも有効活用したい。
「あっ、見えてきたそうですよ、殿下!」
「え、本当……っ?」
そう聞かされて、俺は馬車室から御者席に移ろうとした。
「で、殿下っ、危ないですっ、お止め下さいっ!!」
「やだよ、みんな僕に過保護が過ぎるよ! あっ、本当に町が見える……!」
トーマとぴったりと寄り添うように御者席に座った。
すると東を大きな川に、南北と西を丘に囲まれた町を見つけた。
世帯数にして300人くらいに見えるその町は、周囲の山々が伐採に切り開かれていて、見たところ草花が豊かだった。
特に目立つ産業は川沿いの製剤所で、街のある平地は平らで暮らしやすそうだった。
「なかなか開拓精神旺盛で惹かれるものはありますが、王子の領地としてはへんぴですね……」
「それはこれからいじっていけばいいよ。あの川に橋を渡して、南北の街道を整備すれば面白くなるかも。あ、あそこの岩山のあたりが砂鉄の鉱床かな!」
木工業が発展していて、砂鉄の鉱床があって、木々を育む豊かな山がある。
あくまで代理ではあるけれど、今日からここが自分の領地だと思うと夢が胸の中で膨らんだ。
「こ……小姓になってっ、よ……よかった……っっ」
「トーマッ、ちゃんとして」
「は、はい……っ、うへへ……っ」
親衛隊のお兄さんたちに叱られるまで、トーマは隣にくっつく王子様にデレッデレで、ろくすっぽ前を向いてくれなかった。
馬車は木々もまばらな植林地を抜けて、グリンリバー・町長邸の前へと進んで行った。
・
ここは天領。税金も他の土地よりもやや控えめで、それだけあって王家への心情はすこぶる良好だって聞いていた。
実際に目にするとそれは本当のことで、町長邸の前には百人を超える住民たちが集まってくれていた。
「ようこそグリンリバーへ!!」
感想? うん、いきなりだけどもう居づらい……。
歓迎はとても嬉しかったけれど、まるで全体主義国家の総統よろしくの大歓迎に、元日本人の俺はちょっとひいた……。
俺は逃げ込むように町長のお屋敷の中へとご厄介になって、そこで今回の計画の鍵である人と引き合わされた。
それは鍛冶師さんだ。
どんな手を使ったのか知らないけど、その人は父上が異国から引き抜いてくれた優秀な鍛冶師さんだった。
ただし想定外だったのは、その鍛冶師さんが大柄なお姉さんだったことだ。
筋張った手足と鍛えあがった腹筋を持つ肉体に、大きな乳房と20代前半くらいのかわいらしい顔が乗っかっていた。
しかしその見上げるほどに大きなお姉さんは、俺の顔を見るなりこう言った。
「あんさん、鍛冶を舐めんでくれはります? こんな鉄くずで、まともな鉄なんて作れるわけがありまへんわ」
『子供が製鉄を舐めるな』と。
まあ妥当なところだったので、反感とかそういうのはなかった。
むしろこう思った。
最高の鉄を使って、このお姉さんをあっと驚かせてやろう、って!
「僕はアリク。アリク・カナン。よろしくね、大きなお姉さん!」
強く出ても堂々とした胸を張って自分を見上げる王子様に、お姉さんは厳しい表情を崩して不思議そうに視線を返してくれていた。
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