・ウェルカヌスの罪と傲
西方のちっぽけな中堅国カナンは、都市国家連合ウェルカヌスの盟主ジュノーこそがリアンヌ公女誘拐事件の犯人であると、世界各国に大使を送り非難声明を上げた。
ジュノーにとって計算外だったのは、リアンヌ公女誘拐の失敗と、実行犯たちの捕縛だ。
これから諸国に呼びかけて経済封鎖を進めようとしている矢先に、ジュノーの卑怯な破壊工作を避難する声明が出されては歯切れが悪い。
カナン王国の対応は素早く、たかが西方の中堅国と見下していたネストルは驚き泡を吹かされた。
「ネストル、お前のせいで我は今日も卑怯者呼ばわりだ……」
「これは申し訳ありませんなぁ、ステリオス陛下。まさかあのガルム傭兵団が小娘の誘拐ごときにしくじるとは思いませんでしてなぁ」
しかしネストルは狡猾だ。
卑劣にも失態をお飾りの国王に擦り付けた。
「だがご安心を。カナン王国の貿易相手は着実に減っております」
「またお前は他国を脅したのだな……余の名で……」
カナン王国の貿易相手のうち、繋がりの薄い三国が既に経済封鎖の話に乗ってくれていた。
このまま順調に経済封鎖の加盟国が増えてゆけば、静観を望む国々もカナンとの取引を再考することになる。
ネストルの手は卑怯極まりなかったが、連合ウェルカヌスの利益という面で見ればまあまあ正しかった。
カナン王国は早期に潰しておかなければ、ウェルカヌスは西方でのシェアを大きく失う。彼の国はウェルカヌスにとって極めて危険だった。
「塩、鉄、小麦。それが揃う国は、どんな恫喝も許されるのですよ、陛下。ヒ、ヒ、ヒッ……安心してワイらにお任せを。敗北は万に一つもあり得ませんぞ」
「これが後々の紛争の種になるとは思わぬのか、そなたは……」
「何をおっしゃる。やつらが塩の生産を始めた時点で、紛争は既に始まっていましょう? 災いの種を蒔いたのはやつらですぞ」
カナン王国には同情するが、この戦いはウェルカヌスの勝利でシナリオが決まっている。
カナンが武力での制圧に出たところで、ウェルカヌスは遙か東方。包囲網加盟国のキャラバンはカナン王国をハブって、何食わぬ顔で金を稼ぐ。
諸国からすればカナンの安価な塩は欲しいが、それでウェルカヌスから鉄や小麦が入ってこなくなるのでは釣り合わなかった。
「なぜ人は塩と麦なしで生きられず、鉄なしでは身を守れぬのだろうか……。恨みを買ってまでして、こんなことをしてなんの意味がある……」
ある。それがジュノーの食い扶持なんだからしょうがねぇのさ……。
手段は外道そのもので理解できねぇが、ネストルを支持する声は大きい。
誰だって正義や博愛よりも、自分の周囲のことを優先したい。
俺だって、娘を守るために戦うしかねぇさ……。
「ヒッヒッヒッ……まあ次の破壊工作が成功すれば、カナンも少しは国の序列というものを理解するでしょう」
「次は何をしでかすつもりだ、ネストル……」
「塩田があるから皆が不幸になる。そんな物をどこかのバカが作ったから、それにしがみつく。ならば、心折れるまで破壊してやればよろしい!!」
ガルム傭兵団とその副団長ギグ。そして俺、奴隷兵の八草はアイギュストス領に海路を経由して、襲撃を仕掛ける……。
塩を作れなくしちまえばカナン王国は屈服する。
ネストルは現カナン王の敵対派閥に甘い言葉を連ねて、危険な現王家の排除を謀るつもりだ。
すまん。人の道に外れていると理解はしちゃいるが、すまん。
塩田なんて作って、ウェルカヌスの島を荒らしたお前らが悪いんだよ……。
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