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・アリク王子(2歳) 悪徳検事キルゴールに下った罰

・検事キルゴール


 誰かが王に告発をした。

 王は浅はかにもそれを信じ、当時のことを掘り返し始めた。


 おとなしくしていればいいものを、余計なことをしてくれる……。

 何者かの密告により、我々の黒い繋がりには大きな動揺が走っていた。


 王国がギルドに支払う報酬、および補助金は莫大だ。

 それに手を付けるなと言われても、どだい無理な話だ。


 我々がかすめ取らなくとも、他の誰かが金を抜くというのに、あの王め、無駄なことをする……。


「これはこれはジェイナス様。検察院にどういった御用向きでございましょう……?」


 小姓長ジェイナス。

 ロドリック王の右腕で、事実上の宰相と言っても差し支えない影の大物だ。


 アッシュブロンドの髪を女のように腰まで延ばし、喉仏のない美しい顔をしている。

 この男はいわゆる宦官だ。


 ロドリックの小姓として一生の忠誠を尽くすために、股間のモノを切り取ったという話だった。


 そいつが今、私の書斎にアポもなしに押し入って来ていた。


「5年前、口無しのアリクという男が、冤罪により刑罰に処されました。失礼ですが、当時の担当検事は貴方でしたね、キルゴール殿」

「様を付けろ、小姓風情が」


「これは失礼。しかし我々の疑いが事実ならば、様を付ける必要などありません」

「無礼な! このロドリック王の腰巾着めが……!」


「ふふ……優れた王に仕えられて私は幸せ者です。それでは、こちらを」


 書簡を渡された。

 切り破いて中をあらためてみれば、それは強制捜査の執行状だった。


「王は正気か……?」

「ロドリック陛下は聡明にあらせられます」


「こんなことをすれば、議会が黙っていないぞ……」


 まずい……。

 当時の調査書はねつ造だらけだ……。

 あれを見られたら即終わりだ……。


「ジェイナス様、当時の書類を発見しました!」

「なっ……?! 貴様っ、何を勝手なことをさせているっっ!?」


 ジェイナスの配下が書類束を抱えて書斎に現れた。

 ジェイナスは白く細い指でそれを受け取り、当時の記録資料に目を通した。


「これはこれは……。おかしな裁判もあったものですね」

「うっ……それは、その、だな……」


「口無しのアリクは、奴隷農園で亡くなるその時まで、一言も喋ることが出来なかった。しかしこの書類では、饒舌に自供をしているようですね……」

「仮病だ! ヤツは本当は喋れたのだよ!」


「往生際の悪いことを言わず、早く認めた方がいいのでは? 喋れなくなったギルド職員に、自分たちは冤罪を擦り付けたと」


 み、認めるわけにはいかん……。

 もし認めれば、余罪を追及されることになる……。


「認めなさい、キルゴール。貴方たちはアリクが喋れないことを知った上で、補助金泥棒の犯人に仕立て上げましたね?」

「し、知らん……っ!! なぜ王があんなカタワの肩を持つ!!」


「どうやら検察院には浄化が必要なようですね……」

「これは王家の独断専横だ! このことを諸侯が知れば黙っていないぞ! うっ……」


 証拠ならもうあると、当時の資料をやつははためかせた。

 それが王の目に入り、貴族院へと提出されたら、私は終わりだ……。


「潔く自白を。それすら出来ぬとおっしゃるならば、この場で自害されて下さい」


 いいや、もう1つ方法がある……。

 この場で、この玉無しどもを殺してしまえばいい!!


「死ぬのはお前だっ、このオカマ野郎!!」


 壁飾りのボウガンに飛び付き、俺は狼藉者どもを撃った!!



 ・




・アリク王子(2歳)


 2歳を迎えると、まあそれなりに身体が動くようになった。

 だが自由はない。


 父も母も乳母も小姓たちも、活動的なアリク王子に手を焼いていた。

 迷惑をかけている自覚はあるが、2歳児の人生というのはとにもかくも退屈だった……。


 絵本や昔話、子守歌やオモチャ遊びは嫌いではなかったが、もっと他の娯楽も楽しみたかった。


 喜びといえば、くたくたに煮られた離乳食をやっと半年前に卒業できたことだ。

 母や乳母の手を借りて食べるシチューや薄切りの焼肉は、一口一口がつい感動するほどに美味しかった。


「ただいま帰りました。……リドリー様、陛下はどちらに?」

「お帰りなさい、ジェイナス。陛下ならば今日は議会よ」


「ああ……失念しておりました。ではリドリー様、貴女のお耳に入れたい話が少々……」

「あら、何かしら……?」


 ジェイナスはよく遊んでくれるから好きだ。

 俺の知らないことをたくさん知っていた。


「我々はようやく、アリク様を陥れた検事の尻尾を掴みました」

「まあ、さすがはジェイナスねっ!」


「陛下の根回しのたまものです。検察院の査察となると、政治の世界の話になりますからね」

「それで、証拠は見つかったの?」


「どうやら彼らは油断していたようです。当時の資料がそのまま残っておりました」


 ジェイナスが俺に流し目を送った。

 俺が証拠の書類を見たがっていることを見抜くと、膝を突いて幼児を抱き上げた。


 【瞬間記憶】のスキルを持つ今の俺には、ちらりと見るだけで十分だった。


「なんですか、これはっ!? 言葉を喋れないアリク様が、どうやってこんな自供をしたというのですか!?」

「彼らにとってはただの市井のギルド職員です」


「そんなの、そんなの酷いです……」

「よもや下々の冤罪にまで調査の手が及ぶとは、想像もしていなかったのでしょうね」


 書類にはアリクが裁判で自供をして、アリクの単独犯で片付いたとあった。


 真っ赤な大嘘だ。

 この件は莫大な補助金がどこに消えたのかも、うやむやのまま調査が終わっていた。


「じぇいなす……?」

「アリク様、お止め下さい」

「どうしたの、アリク? あら……?」


 ジェイナスから微かに血の臭いがした。

 右わき腹をかばっているように見えたので、振れてみるとジェイナスが身震いをした。


「ただのかすり傷です」

「まあ、大変! 悪い風が入る前に――」


「もう応急処置は部下にしていただきました。リドリー様……?」

「いけませんっ、すぐに薬箱を取って来ますっ!」


 リドリーは王妃であるのにスカートをまくり上げて、薬品を取りに王の宮を飛び出して行った。

 俺はジェイナスに抱かれたまま、母の元気な後ろ姿を見送った。


「アリク様」

「なーにー、じぇいなすー?」


 抱かれたまま、子供の振りをしてジェイナスの横顔をのぞいた。

 切れ者である彼は、既に俺の知性を見抜いていた。


 それを承知の上で、彼はやさしい微笑みをくれた。

 かわいくてたまらないという様子で、王子の頭を撫でてくれた。


「検事は私にボウガンを向けてきましてね。やむなく、舌をレイピアで貫くことになりました」

「えーーーーっっ?!!」


「彼はもう、二度と喋れないかもしれませんね」

「じぇいなす……」


 俺は『ありがとう』と言い掛けて口をつぐんだ。

 アリクの人生を破壊した悪党に罰が下された。


 ジェイナスの痛快な報復に感謝したい。

 が、この会話を2歳児が理解したらそれこそおかしい。

 可愛げがますますなくなってしまう。


「この話、リドリー様には内緒ですよ?」

「うん! それより、じぇいなすー、あそぼー?」


「……仕方ありませんね。リドリー様が戻るまで、書庫のご本を読んで差し上げましょう」

「やったあー!」


 俺は書庫まで連れて行かれると、ジェイナスの膝に乗せてもらった。

 そこで2歳児には難しい戦記物の続きを読んでもらった。


「瞬間記憶スキルのたまものでしょうか。将来末恐ろしい知能です……。おや……?」

「じぇい、なす……つづ、き……」


 早く大きくなりたい……。

 子供の肉体には、戦記物は最高に面白い睡眠導入剤だった。


「アリク様。貴方の新しい人生に、どうか祝福を。どうか陛下をお支え下さい」


 俺を謀った検事は舌を失った。

 アリクの人生を破壊した悪人に、ついに罰が下された。


 ざまぁみろ、だ。

 子はジェイナスとロドリック父上に感謝して、やさしい庇護者に囲まれた幸せな眠りに落ちていった。


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