・僕の力は、才能を奪う力 - ねてまひた -
大公様も人の親だ。
8歳の少年王子を、これから非人道的な尋問が行われるであろう監獄に連れてゆくだなんて、さすがにそれは行きたい一言で通るものではなかった。
しかしこれはさらなる飛躍のために必要なことなのだと、俺は大公様に意図を説明し、説得した。
「心やさしいようで、やはりロドリック王の息子ですな……」
「そうかな……」
「普通の子供はそんな恐ろしいことは考えないでしょう……」
「大丈夫、僕は父上や兄上のようにはならないよ。それは僕の役割ではないと思うから」
「リアンヌの幸せを思えば、今の君のままであってほしいものです。……では、こちらの尋問が終わってからでもよろしいですかな?」
「ありがとう、大公様。じゃあ僕はそれまで塩田の指揮をしているよ」
操業再開の報はもうあちらに届いているだろう。
俺は眠そうなトーマと一緒に屋敷を出て、馬車室にトーマと並んで腰掛けた。
「すみません、殿下……安心したら、突然うとうとと……」
「寝てもいいよ。護衛や御者は帰りだけで十分だから」
「そういうわけには、まいりません……。殿下……殿下こそ、寝不足なのでは……」
「昨日はぐっすりだったよ。僕、自分が思っているよりずっと図太いみたい」
うたた寝をするお姉さんを横目に観察しながら、短い馬車の散歩を楽しんだ。
やがて塩田に到着すると、爆睡するトーマを馬車室に残して視察や手伝いを始めた。
高い空を映し出す塩田が、所狭しと海岸に敷き詰められた姿が僕は好きだ。
水面には青空や雲が映し出され、白いモルタルでコートされた塩のプールが海に映えた。
当初の予定を上回る生産性を持つその塩田は、男心をくすぐる機能美にも満ちている。
東方の都市国家連合ウェルカヌスの商人たちには悪いけど、ここカナン王国とその近隣の塩のシェアは諦めてもらう。
塩が安くなれば、それだけ多くの人が内地や都市で暮らせるようになる。
肉や野菜の塩漬けも作りやすくなり、それだけ食品のロスを減らせる。
それが多くの人々のお腹を満たすことになるなら、ウェルカヌスに恨まれようともこの塩田を拡張するべきだ。
将来どうするかも考えながら、突発的な人手不足の塩田で1人の労働者として働くと、王宮では味わえない生きている実感を覚えた。
「ね……ねてまひたぁぁ……」
「もう少し寝てていいよ」
「そういうわけには参りません!!」
「トーマもトーマで頑固だね」
遅れて起き出してきたトーマは近衛兵のおじさんたちに笑われた。
トーマは真面目でがんばり屋でいいやつだから、近衛兵のみんなからとても好かれていた。
「僕、思うんだ。こういう時、寝不足になる方が正常なんだよ。僕の代わりにリアンヌを心配してくれてありがとう、トーマ」
トーマが起き出してきたことをきっかけに、天草の採集についても親方さんと議論した。
ゼラチンは骨を煮込んで作る高級食材だ。
寒天を上手く加工できれば、ゼラチンに準じる値段で売り買いできる。
ここでは未知の食材であるため、都の料理人へのプロモーションが必要になるだろうけれど。
トーマもさっき食べた甘い寒天が気に入ったのか、この話にとても乗り気だった。
落ち着いたら、もっと別の何かを普及させても楽しいかもしれない。
そうしたら、同じ生まれのリアンヌもきっと喜ぶだろうし。
そうやって領地開発を自由に気ままに楽しんでいると、やっと兵舎の牢獄へのお呼ばれがかかった。
すぐに馬車に飛び乗って、海岸線に走る街道付近の兵舎を訪ねた。
子供がくるような場所ではなかったから、兵舎の兵隊さんたちも俺の姿に困っていた。
「殿下、このことはロドリック王に報告いたします。盟友に嘘は吐けませんので……」
「そうして、大公様。誘拐犯に怒った僕が、言って聞かなかったと、そう報告していいよ」
「此度の事態、これだけで終わりますまい。やつらから情報を引き出し、領内に目を見張らせなければなりません」
大公様が兵舎を去り、俺は憎い誘拐犯が収監された独房を訪ねた。
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