・信じて帰りを待っていた許嫁が、無双プレイして帰ってきた 2/2
その後は大公様と、庭園の東屋で休憩することになった。
彼のことが心配だったのもあるけど、アイギュストス大公にもっと気に入られたいって腹だって一応あった。
「さすがにそろそろ帰ってくるんじゃないかな」
「そうであったら、どんなにいいことか……」
「大公様、そんなに悲観的にならないで」
「そうですな……。ありがとう、ありがとう、アリクくん……」
大公様は俺に恩義を感じている。
ククク、計算通り……!
心の弱った人に付け込む詐欺師の気持ちが少しわかった。
「リアンヌの性格を考えると、2日も屋敷を離れるとは思えない。夕飯前になると、必ず帰ってくるのがリアンヌだし。そう考えるときっと今頃、お腹をすごく空かせているだろうね」
「確かに……確かにあれは、そういう子ですな……。ははは、そろそろ現れても、おかしくないですな……」
「そうだよ。きっとそろそろだよ」
そううなずきながら、大公様の手を取ってまた励ました。
ところがそうしていると、そこに――
「リアンヌ様!!」
なんと本当にリアンヌが帰ってきてくれた!!
屋敷の正門の方から叫び声が上がって、それを聞くなり大公様が東屋のベンチから飛び上がった。
大公様は初老の足腰だというのに大股で走り出して、最愛のリアンヌを迎えに行った。
「はぁっ、心配した……」
立ち上がると少し足がよろけた。
すると過保護にもそこにトーマが飛び込んできて、俺を支えてくれた。
「殿下の予想通りになりましたね!」
「僕は最も可能性の高いことを、ただ口にしただけだよ」
「さあ、早く迎えに行きましょう、殿下!」
「ううん、しんみりしたのは性に合わないよ。僕は先に厨房に行ってるから、トーマはリアンヌを食堂に呼んできて」
その役目はトーマではなく近衛兵の人たちがやってくれることになった。
そこで俺とトーマは厨房に移動すると、大忙しのシェフさんたちを横目にゼリーの仕上げをして、それを自分たちの手で食堂に運んだ。
予想通り、食いしん坊のリアンヌはすぐに食堂に乗り込んできた。
「ただいまーっっ!! わぁっ、超おっきなリンゴゼリーがあるぅーーっっ?!」
「お帰り、リアンヌ」
「ただいまーっ、アリクーッ、超会いたかったーっ!!」
「詳しい事情は後で聞くから、先に食べない?」
「賛成!! お腹空いたーっ!!」
「そのゼリー、僕と大公様の手作りなんだ」
「ホントにっ!? えっ、私のために作って待ってくれたのっ!?」
ふとのぞき見ると、大公様はゆるゆるの笑顔で仲の良い俺たちを見守っている。
安堵のあまりに疲労がやってきて、少しだるそうにしているようにも見えた。
「このリンゴゼリー美味しいーっっ!! はぁぁぁっ、生き返るぅーっ!!」
クリームを顔にくっつけて夢中で食べる姿に、淑女の嗜みらしき物はなかった。
リアンヌは大皿1つ分の大きなリンゴゼリーを、まるで飲むようにあっという間に平らげてしまった。
「あれ、そっちの透明のゼリーは何……?」
「食べればわかるよ。きっと驚くかな」
そこでもう1つのゼリーを厨房から運ばせた。
「ふーん……? ん……あれ、あっ、これ……っっ!」
リアンヌは寒天ゼリーをスプーンですくって、葛切りのように甘く味付けされたそれを口へと運んだ。
風味と硬めの弾力で正体がわかったみたいだ。
「やっぱりっ、これ寒天だぁーっっ!!」
「以前、ここの海辺で天草が打ち上がってるの見かけたんだ。上手くいってよかったよ」
「凄い凄いっっ、うちで採れた天草なんだーっ!? これっ、領地の名物料理になるよーっ!!」
「同郷の君を喜ばせたくて始めたことだけど、この味なら案外ありかもね」
リアンヌの鼻にくっついたゼリーをハンカチで拭ってあげた。
既に少し前に試食を済ませていたけれど、もう一度食べてみると寒天はとても懐かしい味わいだった。
果たしてワインビネガーで、ところてんは美味しくなるのだろうか?
とかどうでもいいことを思った。
リアンヌは先にデザートを食べ切ると、婚約者の目の前でもりもりと料理に食い付いていった。
「眠くなってきたぁ……」
「昨晩はどうしたの?」
「それがずっと、傭兵さんたちと追いかけっこしてたの……」
「傭兵……? 傭兵が君をさらったの?」
「うん……ガルム傭兵団、だって……。ごめん、起きたこと報告したら、私もう寝るね……」
眠そうなリアンヌから、俺たちは貴重な情報を聞いた。
リアンヌをさらったのは悪名高きガルム傭兵団。
ギグという副団長と、八草という奴隷戦士が近いうちにやってくるそうだ。
依頼人の名はネストル。都市国家連合ウェルカヌスの議長だ。
ネストルは塩の国産化を果たした俺たちを潰すために、リアンヌの誘拐を命じた。
それだけ話すと、リアンヌは目を擦りながら寝室に去っていった。
「下手人どもは牢獄に移送しました。こちらで残りの情報を引き出すとしましょう」
「大公様もそろそろ休んだら? まともに寝れてないんでしょう?」
「いや、このくらいの無理は慣れ切ってきっています。それに早くロドリック王に報告を入れなければなりません。我らの新たなる敵が現れたと……」
「なら、僕も一緒に行ってもいい……?」
「なんですと?」
「僕はその人たちに罰を与えたいんだ。……傲慢を承知の上で」
「しかしそれは……」
「どうせ処刑するんでしょ……。だったら、命以外に奪い取れる物がある」
ギルド職員アリクは最後までこの力を悪用しなかった。
でも俺は違う。これはいい機会だと思った。
彼の持っていた力は、使いようによっては相手を簡単に破滅させられる残酷無比な力だ。
それをこれから敵に使う。
ただそれだけのことだった。
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