・信じて帰りを待っていた許嫁が、無双プレイして帰ってきた 1/2
早朝、眠い目を擦って馬車に乗り込んだ。
さすがにトーマと2人だけとはいかなくて、馬車の前後に8騎の近衛兵が同行することになった。
あちらに到着したのは10時前くらいだ。
前世の記憶を取り戻しただけで、時計のない世界で時計に縛られる思考回路になってしまった。
まあこちらの世界の都市部の人たちも、3時間刻みで鳴らされる鐘の音にゆるめに縛られているのだろうけど。
ゴーン、ゴーンと、お寺の物取り高く響き渡るその音色は、観光気分になれて嫌いじゃない。
「アリク……ああ、アリクくん……きてくれたのかね……。ああ、なんとお詫びすればいいのやら……」
1番苦しいのは大公様なのに、娘の婚約者の気持ちを案じてくれた。
ここで平気な顔をし過ぎるのもどうかと思い、俺は気落ちしている幼い王子をまず演じた。
そしてそこから切り替えて、トーマにも評判の笑顔で大公様を励ました。
「でもリアンヌなら大丈夫だよ。リアンヌはマンモスだってやっつけちゃう子だよ? どうやってリアンヌをやっつければいいのか、僕の方が知りたいくらいだよ」
リアンヌの実力は大公様だって知っているだろう。
スキルについても一緒に生活していれば、それとなく報告からわかっているはず。
それでも誘拐されたとあっては、過剰に心配するのが親心なのだろうけど。
「ありがとう……。だが、あの単純な娘が、なぜ帰ってこない……」
「事情があるんじゃないかな。例えば、捕まったふりをしているとか」
「そうですな、その可能性もあり得なくもありませぬ……。ですが、あのリアンヌですぞ……」
「リアンヌは単純だけどバカじゃない。捕まったふりくらいすると思う」
大公様を励ますために思ってもいないことを言ってみた。
「そうでしょうか……。ときおり親を驚かせるほどに賢い一面を見せる娘ではありますが……うちのリアンヌが、囚人に擬態するなどと回りくどい手を取るとは、なかなか想像できませぬ……」
リアンヌのやつ、親の信用があるんだか、ないんだか……。
俺は初老に入りかけの大公様の手を握って、『大丈夫だよ』と自信を込めて笑顔を送った。
「どっちにしろリアンヌを倒す方法なんてどこにもないよ。大丈夫だよ、大公様」
「ありがとう……。もしかしたら君には、人たらしの才能があるかもしれないな……。君の思慮深さをリリアンヌに分けてほしいよ……」
「じゃあ僕はリアンヌからあの行動力を分けてもらうよ」
「ははは……そうしたらちょうど良くなりますな……」
リアンヌはリアンヌなりにこのお父さんを大切にしている。
兄と父上と結託して、母上を騙して政敵を毒殺した俺よりもずっと家族思いだ。
そんな俺がリアンヌにあれこれ言っても、きっと全く響かない。
「僕はこれから塩田のみんなを落ち着かせてくる。その後はちょっと厨房を借りていい?」
「何か作るのかい、アリクくん……?」
「甘いゼリーを作ってリアンヌを待とうと思うんだ。青リンゴの果汁を使った、生クリームが乗ったやつ!」
リアンヌは必ず帰ってくる。
そう自然体で信じる姿を見せると、大公様はさらに落ち着きを取り戻していった。
「私も手伝っていいかな……?」
「え、大公様が……?」
「そうしたいのです……」
「いいと思う。きっとリアンヌのやつ、喜ぶよ」
俺はトーマが引いてくれる馬車に乗って、また大げさな騎馬隊に守られながら塩田を訪ねた。
塩田では理由不明の突然の休業命令に、みんなが不安そうにしていた。
「へい、発明殿下がそう言うなら……」
「操業再開はすぐだよ。事情は後から説明するから、それまで身体を休ませておいて」
「発明殿下は、わざわざそれを言いにここまで……?」
「え、うん、そうだけど?」
「やはり殿下はおやさしいですなぁぁ……」
塩田の親方さんは拳を握り、たかが8歳の子供の言うことに感動していた。
「人身掌握のために、薄っぺらいことを言ってるだけかもしれないよ?」
「それはそれでますます頼もしいってもんでさ!」
子供って得だと思った。
ちょっとした一言、ちょっとした行動で大人の心を揺さぶれるんだから。
「実は発明殿下のおかげで、所帯持ちを諦めてた連中も求婚できるようになりやして。俺としてはそいつらに仕事を回してやりたいんです。操業再開、待ってますぜ、殿下!」
「それは責任重大だね。僕なりにがんばるよ」
がんばるのは俺ではなくリアンヌだけど。
必要あらばどんどん前に出て、勝手に仕切るのも俺たち王族の役目だろう。
そうやって塩田のみんなを落ち着かせると、俺は海辺にきたついでにある物を仕入れてから、また馬車へと乗り込んだ。
「ご立派です、アリク様。大丈夫ですよ、リアンヌ様はきっとご無事です」
「ありがとう、トーマ……。僕も誰かにそう言ってもらいたかった」
もしもリアンヌがヘマってもう死んでいたらどうしようとか、時々迷いが頭をよぎる。
けどリアンヌを信じるしかない。
俺はお屋敷に戻ると、大公様と厨房に入った。
材料はもう運び込ませてあるから、大公様と一緒に2種類のゼリーを作って待つだけだった。
「ほぉぉ、その海草を煮るのですかな……?」
「これは天草。煮るとゼラチンに似たような成分が出てくるんだ。それを使った海草ゼリーって感じかな」
ゼラチンのゼリーの方はレシピが城の書庫にあったから、頭の中から情報を引き出すだけのことだった。
寒天の方はこちらの世界にはまだないようだ。
まあ海草がゼリーになるなんて、普通は思わないのかもしれない。
「リアンヌが喜びますな……。ああ、あの子が帰ってきてくれるような、そんな気がしてきました……」
「大公様と一緒に作ったって知ったら、きっとリアンヌはビックリするだろうねっ」
2人で調理して、どちらも後は冷やして盛りつけるだけのところまで進めた。




