表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/271

・え、誘拐? それはご愁傷様です……

 いや、ところがその日の事件はそれだけに留まらなかった。


 食事を終えて居間に入り、トーマに見守られながら書庫から運ばせておいたの本を次々と目を通していると、そこに小姓のジェイナスがやってきた。


 いつにない早足で、俺には目もくれず父上の寝室を訪ねてゆくのを見ると、俺はすぐに察した。


「殿下、何か気になることでも?」

「ジェイナスの様子がちょっとね。……たぶん、外で何かあったんだと思う」


 なんだか気になって本の内容が頭に入らない。

 そこで俺は読書を止めて、ジェイナスの手を引いて部屋に連れ込んだ。


「いつものやつ、お願いできる?」

「は、はいっっ、よよよよよよよ喜んでーっっ!!」


「怖いよ……」

「こ、こここっ、怖くないですよぉぉっ、さ、さあっ、ストレッチをしましょうねぇ、殿下ぁぁ……っっ!!」


 怖……っっ、本気で怖……っっ。

 まだ8際の俺はストレッチをして柔軟性を高めつつ、今日一日ため込んだ疲労を解放した。


 あのリアンヌと釣り合う男になるには、身体の方もしっかりと鍛えていきたい。

 そうしなければ、武の方でリアンヌに良いところばかり取られてしまってしゃくだから……。


「ふ、ふひっっ、スベ……スベスベ……ほぉぉぉぉぉ……っっ♪」

「トーマ、顔顔。その顔は外では止めた方がいいよ……」


「はっっ?! これは失礼を……っ。では……今度は前屈のストレッチを……っ、ひゃっっ?!」


 そこにノックが響いた。

 当然、やましいところがあったらしいトーマはベッドから飛び上がった。


 ずいぶんとお楽しみだったみたい。

 年上のチヤホヤされるのは、俺もそんなに悪い気分でもなかった。


「アリク殿下、急ぎお耳に入れたいことが……」

「トーマ、中に入れてあげて」


 トーマが同意の声を上げて扉を開くと、ジェイナスが何も言わずにベッド座る俺の前に膝を突いた。

 父上は離宮を離れるようだ。奥から物音が聞こえる。


「クーデターでも起きた?」

「厄介なことになりました……」


「まさか、、本当にクーデター?」

「いえ、それよりはまだ……。アリク様、どうか気を強くお持ち下さい。実は、アイギュストス領で……」


 いやにジェイナスが言葉を濁らせるので、どんな言葉が出てくるのかと不安になった。

 いや、だけど……。


「リアンヌ・アイギュストス公女が本日、何者かの手に誘拐されました……」

「なっ、リアンヌ様がっ?!」


 我を忘れて声を上げてしまったトーマに、ジェイナスは先輩小姓として鋭い目で睨んだ。

 トーマはジェイナスの厳しさに萎縮して、小声で謝罪した。


「え、大丈夫……?」

「わかりません……。今は、リアンヌ様のご無事を祈るしか……」


「違うよ、僕が心配しているのはリアンヌの方じゃない。リアンヌをさらった方は、大丈夫?」


 あのリアンヌをそうそうさらえるとは思えない。

 物理と毒が効かない力持ちで超俊敏な暴れん坊を、誘拐犯たちはいったいどうやって捕まえたんだろう……。


 そのことをジェイナスに語った。


「本当に毒、物理無効、自己再生能力をリアンヌ様に……?」

「加えて、リアンヌはマンモスだってやっつけちゃう超高レベルの現役冒険者だよ。そんな最強の女の子に、どうやって危害を加えるというの?」


 そう伝えると、うろたえていたトーマも落ち着いた。


「言われてみれば……。あのリアンヌ様なら、鎖で結ばれようともその場で引きちぎって脱走もできますね……」


 そんな彼女が夕飯時になっても帰ってこない。

 ご飯が大好きなリアンヌが帰ってこないのは、何か理由があるに違いない。


「陛下には殿下に黙っているように指示されましたが、実はアイギュストス大公に脅迫状が届いたのです」

「脅迫? 今さら王家と大公家を敵に回す勢力がいるの……?」


「恐らくは国外の手かと思われます。『リアンヌの命が惜しければ、今すぐ塩田を破壊し、塩産業から手を引け』とありましたので」

「大公の娘をさらうなんて、なりふり構わない手を使うんだね。……トーマ、ろうそくを消して」


 ベッドに横になって布団をかぶった。


「ね、寝るのですかっ、リアンヌ様の一大事ですよっ!?」

「だから、どうやってリアンヌに危害を加えるというの?」


 ろうそくはトーマの代わりにジェイナスが消してくれた。

 ジェイナスは話を打ち切りにして、父上にこの話を早く伝えに行きたいようだった。


「おやすみなさいませ、アリク殿下」

「おやすみ、ジェイナス、トーマ。僕、明日はアイギュストス領に行くね。僕が大公様を落ち着かせて、領地の動揺を鎮めるよ」


「……陛下のご判断次第ですが、そうして下さると助かります」

「塩田は休業にさせるね。リアンヌが大好きな甘いゼリーでも作って、大公様と一緒に帰りを待つことにする」


 少し心配だけど、でも論理的に考えて、どうやってリアンヌを無力化できるのか俺にもわからない。

 だから大丈夫。明日にでもきっと帰ってくる。


「お休みなさいませ、アリク様。早朝すぐに出立できるようこちらで準備させていただきます」

「ありがとう、ジェイナス」


「アリク様ッ、リアンヌ様ならきっと大丈夫です! 冷静になってみれば、あの暴れん坊を誘拐できる者がいるとは思えません! きっと、捕まったふりをしているのかと……っ」


 きっとそんなところだろうね。

 それか、迷子になっているとか……。


「……うーん、でもリアンヌにそういう腹芸ができるのかなって、疑わしいところではあるんだけどね。じゃ、おやすみ」


 俺はろうそくの消えた真っ暗闇の部屋で目を閉じた。


 ああ、寝る前にノートパソコンもスマホも見れない人生は少し物足りない……。

 リアンヌのあの凄く楽しいカードゲーム、完成しているといいんだけどな……。


もしよろしければ、画面下部より【ブックマーク】と【評価☆☆☆☆☆】をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ