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・だったら鉄を作ろう - 鉄鉱石鉱山なしで製鉄を始めよう -

 暗闇の中でうとうととしていると、お城の正門を馬車でくぐり抜けていた。

 馬車室から降ろされて華やかな宮廷に入ると、父の小姓ジェイナスが駆けてきた。


「お疲れのところ申し訳ありません。アリク様、国王陛下が政務室でお待ちです」

「まあ、また私を仲間外れにして悪巧み……?」


「いえ、そういうわけでは……。陛下はブラウンウォーターでの件を深く猛省しています」

「そう。……先に行ってるわね、アリク」

「う、うん……。ごめんね、母上……?」


 リドリー母上は息子に返事を返さずに、離宮の方へと去って行った。

 あの時のことを許してはくれたけど、やっぱりまだ怒ってるみたいだった……。


「ああいった感性が正常なのでしょう。陰謀まみれの世界に生きる我々が異常なのです」

「仕方ないよ。宮廷は正々堂々が通じない鬼たちの世界なんだから」


 ジェイナスの後を追って父の政務室に向かった。

 さすがに慣れてきたけれど、やはり物々しさや緊張感が慣れない。


 けれど政務室に通されて父上の姿を見ると気持ちが落ち着いた。

 書斎机を立って、息子を迎えてくれる父のやさしさが嬉しかった。


「ジェイナス、他の者をここに近付けさせるな」


 ジェイナスは高い声で受け答えると、人払いをするために政務室を出て行った。


「アリク、アイギュストス大公のご機嫌はどうだった?」

「よく笑っていたよ。塩田の利益もあるけれど、僕とリアンヌの仲が良いのもあると思う」


「そうか。お前たちの婚約関係は王家の希望、リアンヌとは引き続き上手くやるようにな」

「婚約までしたんだ、もう後には退けないよ」


 いっちょ前のことを言う。

 そんな微笑みが父上からこぼれたように見えた。


「で、本題は?」

「うむ、さらに資金が必要になった。どうにかできぬか?」


「8歳児相手に単刀直入だね……」

「サザンクロスギルドの買い上げに、塩田開発への投資。諸侯の懐柔。どこまで行っても金が足りぬ……」


「どこからか借り入れたら?」

「うむ、そこだ。しかし人から金を借りるには、儲け話が必要だ」


 金、金、金だった。

 けど金は社会リソースが物質となった物なので、王家が運転資金を求めるのは当然のことだ。


「以前お前は、塩か鉄、と言ったな?」

「うん。父上は鉄も欲しいの?」


「お前の知恵を借りれば鉄を国産化できるのか? それでどれだけの黒字を出せると思う?」

「待って、少し考えてみるよ」


 書庫で得た知恵と、大学生時代の知恵と照らし合わせて考えた。

 この世界独特の技術も踏まえて。


「この国に鉄鉱石鉱山はない。諸国から輸入することになるだろう」


 そう、それもわかっている。

 輸入そのものは問題ない。

 元の世界でだって、製鉄の効率と品質で商売が成り立っていた。


 けれどそれでは、ガッポリ大儲けともいかない。


「鉄鉱石もいいけど、砂鉄を使うって手もあるよ」

「サテツ……?」


「砂に磁力を持った鉄を付けると、細かい砂がくっつくでしょ。それが砂鉄だよ」

「ジリョク……それは磁石が持つ力のことか? ふぅむ、専門的だな……」


 小学校レベルの理科の問題なんだけど……。

 この世界には魔法という力があるからか、科学の進歩がやっぱり歪だ。


「まずは磁石を作る。磁石は強い磁力を持った物に、鉄を長い時間くっつけておくとできる」

「ふむ……」

「ならば、磁力魔法使いを利用してはどうでしょうか?」


 そこに扉の反対側からジェイナスがやってきた。

 磁力魔法。こういう便利な力があるから、科学技術が未熟なままでも人は困らない。


 だから特定の技術革新が遅れている。


「では磁石の生産はジェイナスに任せよう」

「はっ、お任せを!」


「そしてその磁石を使って、我々の手でサテツを集める。そのサテツは、鉄鉱石に勝る原料なのか?」

「生産性は劣るよ。だけどそこは僕がどうにかする。質は――断言はできないけど、期待して良いと思う」


 砂鉄を使ったナイフ作りを、中学時代に技術の時間で教わったことがある。

 コークスであぶった赤い鉄を、ハンマーを直接叩いたことも。


 あれをやればいい。


「アリク、それで利益を上げられるのだな?」

「……それは売り方次第だよ。いくら良い鉄を作っても、誰かがその価値を認めない限り、同じ値段しか付かないんだから」


「負債を抱えることにもなるということか」

「……父上、僕たちの世界は魔法を頼りすぎなんだ。もっと書物の中にある、古い技術に注目するべきだよ」


 この世界の鉄は精錬不足だ。

 それは炭素が足りていないせいだ。


 木炭や石炭を使って酸化鉄を還元するべきなのに、便利な炎魔法を頼ってしまっている。

 そのため脆く、剛性に乏しく、錆びやすい。


 けれどそれでもこの世界の人たちは困らない。

 だってそれが当たり前なんだから、他と競う必要がなかった。


「わかった、まずは予算を抑えてやってみるとしよう」

「それがいいかもしれないね」


 一応経験はある。

 ふわふわした中学生時代の知識だけれど、質だけなら上回る物を作れるはず。


「あ、砂鉄にも品質や地域性があるから、できれば国中の土地から集めてほしい。そしてその中で、品質の良い原産地の物だけを使う。そうすれば、他国の鉄を凌駕する強度の鉄を作れる」


 でもそれって、侵略戦争の引き金にもなりかねないんじゃ……。

 そんな思いが頭をよぎった……。


「しかし父上――」

「アリク、我らもそこまで外道ではない」


 父上は息子が何を考えて表情を陰らせているのか、すぐに見抜いていた。


「お前の話が現実になれば、これはカナン王国を守る頼もしい矛となる。期待しているぞ、アリク」

「う、うん……」


 けれど父をさらに苛烈な陰謀家にした、ギルベルト兄上ならどう答えるだろう……。

 兄上なら、必要ならばあらゆる手段を取るような、そんな気がする……。


 ダイナマイトは爆弾に派生進化したけれど、鉱山開発を効率化させた。

 質の良い鉱物が鉄製品を増やし、それが農具になって人の飢えを満たした。


 原始的な技術に囲まれていれば幸せだなんて、そんなことはないと思う。

 そう考えてしまうのは、俺が技術という知恵の実を彼らに授けようとしているからだろうか。


 天使アザゼルは人間に炎と知恵を与え、神に罰された。

 けれどそれの何が悪いのだろう。


「心配はありません。ロドリック陛下は聡明であらせられます」

「うん、そうだね。……あ、僕は明日からルキの天秤の支援に回るよ」


「ははは、働き者の8歳もいたものだ。レスター殿によろしくな」

「うん、任せて」


 話を終えて政務室を去ると、俺は真っ直ぐに母上の待つ離宮に戻った。

 広い居間には冷めた夕飯と母上が待っていて、我が子が帰宅するとかわいい足取りで母上が駆けてきた。


「男同士の悪巧みは終わった……?」

「悪いことなんてしてないよ」


「ふーん……本当かしらね?」

「本当だってば! みんなが豊かになるために、知恵を出し合っていただけ!」


 こういうところに父上は惚れたのかもしれない。

 善良な母上と一緒にいると、父上は人の心を思い出せるのかもしれない。


 母上は帰ってこない父上に文句を言いながらも、幸せそうに我が子へと笑っていた。


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