・塩田開発をさらに進めよう - 元サザンクロスギルドの主 -
アイギュストス領に着いたら、真っ先に大公様のお屋敷を訪ねるのが毎度の習慣になっていた。
「アリク殿下、遙々お越し下さり恐縮ですが……くっ、リアンヌめは、性懲りもなくまた外出中でしてな……っ」
「いつものことだよ、大公様」
外出中というより、脱走中と呼ぶ方が正しい。
そう口にするのは止めておいた。
「まったく、誰に似たのやら……っっ。あれが男子ならば、私もあのあふれんばかりの行動力を実に頼もしく思ったものなのだが……っ」
「ふふっ……いいではないですか、大公様」
訪ねてもリアンヌが毎回不在で、日が暮れてからふらりと冒険から帰ってくるのも、例外のない予定調和だ。
「うん。それに僕の方だって、塩田の方を先に見たいから」
「おおっ」
塩田の話になると、難しい大公様の顔がご機嫌になった。
「殿下のご活躍で、塩田は予想を上回る収益を上げております! 降雨が忌ま忌ましく思う日もありますがな……」
「ここが砂漠の国だったら、釜で炊かなくとも放置するだけで塩が作れたのにね。では大公様、僕はちょっと塩田に行ってきます」
母上と大公様がお屋敷に残って、俺とトーマが馬車で塩田に向かう。
これも最近の変わらない習慣だ。
トーマは御者席に腰掛けて、時折やさしい笑顔を馬車席に送りながら、海辺の塩田へと俺を運んでくれた。
「おおっ、アリク王子!」
「よくきてくれたなぁ!」
「ご機嫌麗しゅうじゃねぇかよっ! みんな殿下のこと待ってたんだぜっ!」
塩田に着くと、威勢の良い労働者さんたちが迎えてくれる。
俺は元気なみんなに手を振って、さあみんなでがんばろうと励す。
たったそれだけのことでみんなの士気が上がるのだから、本当にありがたいことだった。
さて塩田開発の基本方針はというと、拡張だ。
沿岸の土地はまだまだ余っているので、単純に塩田の数を増やして塩の生産量をさらに増やす。
予算は方は心配ない。
塩を売ったお金から経費を差し引いた純利益を、父と大公様は塩田への投資に注ぎ込み始めた。
アリク王子の役目はその強気投資を成功させることだ。
「おお、アリクくん……朝ご飯は、食べたのかのぅ……?」
「おじさん、仕事に熱中するのはいいけど、もうお昼過ぎだよ。塩釜の方は順調?」
この人は黒魔法使いのコッホさん。
サザンクロスギルド時代からの知り合いで、トイレで熟睡する迷惑な悪癖を持っていた。
今はこのアイギュストスに引っ越して、炎の魔法で塩釜を炊いて暮らしてくれている。
老いにより引退を考えていたコッホさんだけど、彼はレスター様の紹介でここで働くことになった。
「少しばかし大変だが、お給金も良いし満足しておるよ。うむ、アリクくんは、アリクのやつによく似ておるなぁ……?」
「そ、そうかな……?」
実は、その本人なんだけど……。
「サーシャとギムレットの話は聞いたかの? 休日は月に3日だけの1日13時間労働だそうだ、わっはっはっはっ、ざまぁないなのぅ!」
「それ、誰のこと? 僕、そんな人たち知らないよ」
「おお、そうだったのぅ……」
「それよりスキル、見せてもらってもいい……? 前に言ってたこと、試してみたいんだけど……」
今日ここにきたのは現場指揮だけじゃない。
実は俺なり考えていたことが1つあった。
塩田開発は今のところ順調だけれど、さらにこのスキルマスタースキルを有効活用すれば、もっともっとこの事業を飛躍させられるはずだと思ったんだ。
そしてふと気付いた。
俺のこの力は、努力家や、経験を積み重ねたロートルの才能を開花させる才能なんだって。
「構わぬが……。おじさんの経験人数とかは、見ないでくれるかのぅ……?」
「見ようと思ってもそんな情報見れないよっっ?!」
「ほ……っ。50過ぎまで童貞なのがバレんで済んだわい……ほっほっほっ」
「自分でバラしてるじゃないかー……っ!?」
「とぼけたご年輩ですね……。殿下、さっさとやってしまいましょう」
トーマが話を進めてくれたので、俺はコッホさんに胸の辺りに手を突き出した。
コッホさんはこちらに振り返って、指を鳴らして塩釜のゆるい炎を消してみせた。
「初めてなんじゃ、やさしくしておくれ……」
「リアクションに困るよ、コッホさん……」
「ほっほっほっ」
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【下級・黒魔法】1600/1600Exp
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以前見せてもらった通り、彼のスキルは既にカンストしていた。
これならばリアンヌにしたように進化合成ができる。
俺は合成対象に【MP+50】スキルを選び、【下級・黒魔法】と掛け合わせてみた。
するとコッホさんのスキルが【黒魔法(忍耐)】に変わった。
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【黒魔法(忍耐)】0/3200Exp
下級、中級の攻撃、弱体魔法を使用可能。
MP+400、MP回復力+400%
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「もういいよ、塩釜炊きに戻ってみてくれる?」
「ほう、ほう、ほうっ! なんじゃこれは……っ、力がどんどんみなぎってくるぞい!? ビンビンじゃーっ!!」
「MPの最大値が400アップして、魔力の回復速度が5倍になったみたい」
「なんじゃとぉぉーっっ?!」
「コッホさんがその気になれば、今までの5倍の効率で仕事ができるってことなのかな……?」
「つまり、お給金も5倍じゃなっ!?」
「うん、5倍がんばればねっ! がっぽがっぽだよ!」
「ほっほっほっ、おぬしら聞いたかっ! すぐに新しい塩釜を持ってくるのじゃっ、ワシが次から次へとこの超魔力で仕上げてくれようぞっ!」
そうコッホさんが叫ぶと、さっきの塩釜の下に巨大な業火が生まれた。
冷めかかっていた釜から視界を覆うほどの湯気が上がり、ゴポゴポと沸騰の激しい音が辺りに響く。
釜全体を包み込むほどの炎に、俺たちは4歩も5歩も後退することになっていた。
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