・男装小姓トーマの秘密。うん、もう知ってた
・アリクまだ8歳
父と兄は俺の現場主義にいまだ否定的だ。
わざわざ現地に行く価値があるのかと、俺がアイギュストス領に行きたいと訴えるたびに問われる。
そしてそのたびに俺はこう返す。
『リアンヌに会いたいんだ! ついでに自分たちが作った塩田を眺めるだけだよ!』
そう俺が主張すると、彼らはも一泊二日の旅行を毎回許してくれた。
それだけアイギュストス大公と王家の婚姻同盟が、カナン王家の繁栄に不可欠というのもある。
まあ正しくは塩田開発のついでに、最近凄く気になるリアンヌの顔をのぞきに行く。
というのが正しいのだけれど。
まあ、そんなわけで、今日の朝も俺は出立の準備を急かされていた。
「は、母上……っ、もう服くらいっ、1人で着替えられるよぉー……っっ」
「ダメよ。ボタンを掛け違えていたり、頭がボサボサのまま行ったら、リアンヌちゃんに嫌われちゃうわよ?」
「リアンヌはそんなの気にしないよーっ! だってリアンヌ、この前なんて靴下裏っ返しだったしっ!」
「でも、アリクのカッコイイ姿をリアンヌちゃんに見せたいでしょう?」
「それは……わっ、わぁぁっ、だめっ、母上止めてぇーっ!」
「ふふふっ、アリクは恥ずかしがり屋さんね」
まだ8歳の少年の悩みは着替えだった。
かつては年下だった年上の母上に、裸にひん剥かれてパンツをはかされことに、著しい抵抗を感じていた。
クシで髪をとかされるのは嫌いではないけれど、時々自分で人形遊びをされているような気分にもなった。
「お母さんじゃ嫌……? これからは小姓のトーマに任せる……?」
「そ、それはもっとまずいよぉ……っ」
「ふふふっ、何がまずいのかしら?」
「そ、それは……。お、男に着替えさせられるくらいなら、母上がいい……」
トーマにはこんなことをさせられない。
だってトーマの本当の性別は女の子で、本名はトワなんだから……。
「大人になるまでずーっと、母上が着替えさせてあげるわ」
「ええーっ!? 勘弁してよ、母上ーっっ?!」
「嫌よ。ロドリック様と一緒にあなたが私を騙したの、私忘れてないの。アリクのお願いなんて聞かない」
「急にその話なのっ!?」
「あの時、アリクとロドリックは、なんでも言うことを聞くから機嫌を直してって言ったわよね? 私、テレジアが毒殺されたと宿で知ったあの時、凄く怖かったんだから……」
つまり、大人になるまで俺は母上の着せ替え人形のままらしい……。
俺は新しい碧と白の王子のプールポワンを着せられて、青い絹のスカーフを首に巻かれた。
「完成っ♪ ふふふっ、カッコイイわ、アリク! ロドリック様より男前よ」
「派手だよ、母上……。それに、スカーフが邪魔……なんかくすぐったい……」
「さっ、トーマを呼びに行ってらっしゃい。早くリアンヌちゃんに会いに行きましょうね」
この短い旅に他の護衛は付けない。
母上と俺とトーマだけで行く。
あの事件が終わった後、母上のスキルスロットに【物理耐性◎】を移した。
これがあれば、少なくとも暗殺される心配はないと思う。
それに母上はギルド職員アリクと同じ力を持っているから、必要とあれば敵から固有スキルを奪うことだってできる。
「母親に8歳にもなって着替えを手伝わせてるって、お城の人に知れたら僕、外なんて歩けないよ……」
「何を言っているの? ふふ……そんなこと、みんな知っていることよ?」
「え……えぇぇぇぇぇぇぇ…………」
俺の頬は羞恥に熱く染まり、俺はその頬を抱えて自分の部屋から飛び出した。
アリク王子に転生してから、五感がとても敏感になっている。
特に最近は感受性がどんどん敏感になっていた……。
目的地のトーマの部屋は廊下をはさんだ向かいにある。
ちなみに父の小姓のジェイナスも、同じように父の部屋の向かいに部屋を持っている。
主人の補佐と護衛をするなら、近い方が良いに決まっていた。
「トーマッ、入るよ!」
「え……っっ、お、お待ちを殿下っっ!」
俺は重厚な黒檀の扉を開き、逃げ込むようにトーマの部屋に乗り込んだ。
「あ」
「あ、ああ……っ?! アリク、殿下……ッ」
でもそれは失敗だった。
トーマは着替えの真っ最中だった。
男性小姓のお仕着せは今のトーマの体になく、繊細なありのままの女の子の姿そこにあった。
よく見ると、トーマのトパーズ色の瞳が潤んでいる。
普段は縛られている水色の綺麗な髪が、ふわりと左右に広がっていてとても女性的に感じられた。
だけど残念。まだ8歳の少年に、性欲はまだないみたいだ。
なんだ、意外と落ち着いて見れるものなんだなぁ……。
トーマは凄く綺麗だ。まるで妖精みたいに輝いて見えた。
けれども8歳の男の子の感受性からすれば、女の子の裸なんてさして重大でもなかった。
たかが裸だった。
「トーマ……?」
「し……しばし、お待ちを……し、しししっ、しばしっ、お、お許しを殿下……っっ!」
「え……あ、うん……?」
トーマは色の白いその顔を、まるで湯にのぼせたように桜色に染めていた。
そんな裸の女の子に、少年王子は胸をずいずいと押し込まれて、部屋から追い出された。
バンッと荒々しく扉が閉まり、しばらく少年は呆気に取られるしかなかった。
リアルだと『キャーッ』とかは言わないんだなって、ぼんやりと思った。
扉の向こうでは、物が崩れたり体をどこかにぶつけたりの、大変な大騒ぎになっている。
「そこを動かないで下さい、殿下っっ!! 今すぐっ、今すぐに行きますのでっっ、そこに居て下さい!!」
性別を偽っていたトーマは少しでも早く着替えを済ませて、アリク王子を説得しなければならなかった。
「ゆっくりでいいよ。……ごめんね、トーマ」
「い、いえっ、殿下は何もっっ!」
「あ、いっそ、トワって呼んだ方がいいのかな?」
「……ッッ~~?!!」
そう扉越しに伝えると、ガンッと響く凄い物音に続いて、痛みを押し殺したかのような悲鳴が上がった。
トーマは相当に動揺しているようだ。
俺が制止を聞かずに部屋に飛び込んだせいで、トーマは散々な目に遭ってしまっていた……。
申し訳ない気持ちになった……。
「お……お待たせしましたっ、ど、どうぞ中へっ! いえっ、ぜひっ、ぜひ私のお部屋で少しお話をっ!」
「重ね重ねごめんね、トーマ」
トーマの部屋にお邪魔して、導かれたイスに腰掛けた。
大変な剣幕になっているトーマが向かいに座ると、3つ上なのも加わってちょっとおっかなかった。
「き、気付かれていたのですか……? いったい、いつから……」
「会ったその日からかな」
「な……っっ?! そ、そんなに早くにっ!?」
「ごめん、スキルマスターの力の手違いで見ちゃったんだ……。トーマが女の子で、本名がトワさんだって……」
「で、では、私は……このまま、お役御免、なのですよね……」
「ううん、このままにしよう」
「え……っ」
「だってトーマは優秀なロイヤルガードさんで、僕の面倒を見てくれるやさしいお兄さんでもあるし。……あ、でも本当はお姉さんだったね」
小姓のお仕着せの上から、トーマの身体をもう一度観察して見た。
うーん……。
凄いものを見てしまったはずなんだけれど……。
やっぱり全くムラムラとかはしない……。
そうか、これが真の若さなのか……。
「ですがそれでは、他の者に知れたときに、殿下に累が……」
「気にしなくていいよ。アレをちょん切られた新しい小姓がきても困るもん」
「殿下にご迷惑はかけられません!!」
「じゃあこうしようよ。もし他の人にバレちゃったら、トーマは最初から、僕の側室候補だったってことにしよう」
「わ、私をっっ?!」
「……うん、冗談だよ。確かにそれで解決するかもしれないけど、トーマの気持ちを考えればそんなことできるはずないよ」
冗談のつもりだったのだけど、さっきまで不安そうだったトーマが急にソワソワと恥じらい始めた。
3つ上のお姉さんがうつむき加減にこっちを見上げる姿に、俺はかわいいなぁ……と思いながらも当惑した。
「そ……その時は、覚悟を決めさせていただきます……」
「え……」
「私は一生独身を貫く覚悟を決めて、殿下の小姓になりました……。私はっ、出世がしたかったからですっ!」
「ははは、トーマは正直者だね」
「ですが今は違います! 殿下の補佐ができるならば、私は側室でもなんにでもなります!!」
テーブル越しにトーマがこちらに迫り、少年王子の右手をそっと包み込んだ。
「ふ、ふへへ……す、すすす、すべすべだぁ……」
「ト、トーマ……? あの、ト、トワさん……?」
「はっっ?! こ、これは失礼を……っ! へっ、へへっ、へぇぇっっ……」
「あのっ、目が、ちょっと怖い……っ、トーマッッ?!」
「はっっ?!」
発言を間違えたかもしれないと思った。
だけど一生独身の道を選んででも、家への貢献と出世を願うトーマの姿に俺は好意を覚えた。
誰だって出世したい。
チャンスを前にしたら、性別だって偽るかもしれない。
アンフェアではあるけれど、気持ちはわかる。
「殿下、私は感動しました! 必要とあらば、私はこの腹の小袋を摘出してでも、貴方にお仕えしたく存じますっ!」
「止めてっ、そういう痛くて怖い話は止めてよっっ!?」
こうしてカナン王国の第二王子様は、名残惜しそうに自分の手を見つめてくる小姓を連れて、塩田開発を進めるためにアイギュストス領に向かった。
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