・塩と鉄の大欲のウェルカヌス
・塩と鉄の大欲のウェルカヌス
・或る語り部
カナン王国より国境を4つ。
乗り合い馬車で山を抜け、森を抜け、ぬかるんだ湿地帯を越えた先にその国はある。
名をジュノー王国。
都市国家連合ウェルカヌスの盟主だ。
彼の国は南に豊かな商業港を持ち、土地こそあまり豊かではないが、なだらかで暮らしやすい国土を持っている。
南に海、北に山岳を持つこの国は大陸東部の交通の要所だ。
その恵まれた地勢もあり、ジュノー国首都ジュノーはこの大陸でも有数の経済都市として今も栄えている。
塩の国。鉄鉱石の国。製鉄の国。穀物の国。
ウェルカヌスに属する小国の民が、血と汗を流して生み出した交易品をジュノーは買い叩く。
そしてジュノーの商人たちは船団やキャラバン隊を組織して、世界各国に交易品を売り付ける。
ジュノー王国はかれこれ200年以上もそうして栄えてきた。
ところが、だ。
ある日思わぬことが大陸の西側で引き起こされた。
そう、アリク王子が始めた塩田事業だ。
カナン王国へ向かわせたキャラバン隊が塩を買い叩かれて帰ってきた。
ボッタクリの塩で稼いできたジュノーでは、それは震撼となってジュノー社会全体に広がっていった。
そしてこの国は決断した……。
「それはやり過ぎではないか、議長。最悪は、戦争に発展するぞ……?」
「ほっほっほっ、既に戦争は始まっておるのですよ、ステリオス陛下!」
「だ、だが……」
「戦争!? 結構! 戦争が始まれば、ワイらがますます儲かるというものです!」
王の名はステリオス。
気弱な気質が顔によく出た中年男で、王者の風格は無きに等しい。
それも当然だ。
この国の王家はかれこれ50年近く前から、時の権力者の傀儡として飼われている状態なのだから。
ジュノー王国および連合ウェルカヌスの支配者は、ステリオス王ではなく、都市国家議会の長であるこの男、ネストルの方だった。
このネストルは悪魔のように醜悪で悍ましい男だ。
オークの長と見紛うほどの巨体に肥満体型に、無惨にはげ上がった頭皮。
大食に脂ぎった顔面は、どんな博愛主義者も醜いと評するはずだ。
「お前がそうすると言うなら、そうなるのだろう……。もうお前の好きにしたらいい、ネストル……」
「ほっほっほっ、賢明ですなぁ」
「兄の二の舞はごめんだ……」
「貴方は話が早くて助かりますよ、弟王陛下。兄王様が失踪されてかれこれ4年ですか、ほっほっほっ」
年齢は50後半。
だというのにアッチの方も衰え知らずと聞く。
欲深く、残虐で、だがずる賢く、味方には羽振りが良いのがまた頭が痛い。
「後ろの彼らが実行部隊か……? これは余からの願いだ、標的の公女には、貴人に対する礼儀を忘れないでほしい」
「へい、陛下のご命令とあらば喜んで」
真っ先に返事を返したその剣奴は、名を八草という。
それなりに腕の立つ両手剣使いだ。
歳は37。だったかな。
黒い髪を後ろで縛った、まあそれなりの伊達男だ。
そいつはネストルにまだ8歳の娘を人質に取られ、意に添わぬ命令をされようとも逆らえない。
アイギュストス大公公女、リアンヌの誘拐にも全く乗り気ではなかった。
だが八草の隣の男は違う……。
「そうかい、もったいねぇなぁ? 事が終わったら、これまで通り俺らの好きにしてもいいんだよなぁ、ネストル様?」
「おい、おめぇ……陛下の言葉が聞こえなかったのかよ、このド外道が!」
ガルム傭兵団副団長ギグは本物のサイコパスだ。
女を汚したり、虐め殺すのが生きがいの精神異常者だった。
「あぁ? 貴様こそネストル様に逆らうのか? ネストル様、ヤクザの娘を俺らにちょいと預けてくれよぉっ!」
「ブッ殺すぞ、テメェェッッ!!」
「ほっほっほっ、それは考えておこう。八草、ワイの期待を裏切るなよ……?」
「ネストル様、娘だけはご勘弁くだせぇ……。あれを失ったら、俺は……」
「ならわかっているな、八草?」
「へい……」
彼らはこれよりカナン王国アイギュストス領に潜伏し、命令により多数の工作を実行する。
最初の一手は、リアンヌ公女の誘拐だ。
アイギュストス大公を恐喝し、塩田開発を中止させる。
娘はアリク第二王子の婚約者だ。
見捨てるのは賢明ではない。
これを考えたネストルは悪魔だ。
これで塩田を潰せなくとも、王と大公の繋がりを断てる。
「安心しなさい。ワイの役に立つ間は、お前の娘には何もせぬよ。おお、そうだ……」
「なんだ……これ以上の追加注文は、もう勘弁してほしいんだがよ……」
「アリク・カナン王子。父親譲りの美しい黒髪に、高貴なる金色の瞳……。おお、なんと愛らしい子だろうか……」
「ちょ、ちょっと待って下せぇや、ネストル様……。まさか……」
「あの子を拐ってきたら、お前の娘と交換してやろう……」
「そりゃ、本当ですかい……?」
八草は素直に提案を飲む気にはなれなかった。
相手は外道の中の外道だ。
50年間、人を騙し、汚し、侮辱し、陰から陰へと葬ってきた怪物だ。
「あの肖像が誇張でなければ、あれはワイの手で磨けばより美しく輝く……。おまけに、内政の才能まであるとくる……。お前を手放すだけの価値はあるよ、ヒッヒヒヒッ……!」
娘と、どこぞの顔も知らない王子様。
剣奴、八草がどちらを選ぶかなど、もはや考えるまでもねぇことだった。
ざまぁ系としては既に完結していますが、もう少し続けてみることにしました。
これからも様々な物語をクオリティ重視で書いてゆきますので、どうか応援してください。