・エピローグ4/4 婚約者リアンヌと僕
リアンヌを交えた楽しい夕食会を終えると、夜の庭園に引っ張り出された。
子供はもう寝なきゃいけないのに、リアンヌと俺は庭園のテーブルに腰掛けて、オレンジ色のランプを囲んだ。
聞いてもいないのに今日の武勇伝を聞かされた。
「それでねっ、ギルドのみんな、私のことを呼び捨てで呼んでくれるの! 転生してすぐはお姫様扱いにテンション上がったけど、今は超うんざり! 名前呼び捨ててもらえるの、嬉しい!」
リアンヌは淡いスミレ色のドレスを身にまとい、白い宝剣を腰に吊していた。
お姫様であり冒険者でもある彼女の姿は、俺にはキラキラと輝いて見えた。
王宮のえげつない政争にうんざりしていた俺には、太陽の下で無双プレイしているリアンヌの姿がちょっとした癒しだった。
「リアンヌは凄いな。俺もそういう生き方をすればよかった」
「え、8歳でそれ言う!? ならアリクも好きに生きなよーっ!」
「庶子とはいえ、王子様ともなるとそうもいかないよ。それに俺が城から消えたら、母上が泣く……」
「少しの冒険くらいいいと思うよ? 楽しいこといっぱいしようよ!」
「昼間の大公様の姿を君に見せたいよ……」
「え、何か問題あった?」
「ううん、何も……」
「あっ、塩田の次は、どうするか考えはあるの?」
「ああうん、次はレスター様を手伝ったりしようかな。あと、鉄か、畑かな……」
「王都のギルドの手伝い? いいねっ、私もギルド本部に行くねっ!」
「でも父上のために、畑と鉄も作りたいんだ。王家の借金、度重なる投資で凄いことになっているし……」
「それもいいね! でもね、私! やりたいことがあるなら全部やればいいと思うよ! だって、アリクはまだ8歳なんだから!」
テーブル向かいの彼女に手を握られると、ちょっとドキッとした。
リアンヌは本当に綺麗な人だから……。
明るいを通り過ぎて嵐のような人格はさておき。
美しいブロンドと白い肌、太陽のような笑顔は理想のお姫様だった。
綺麗な彼女は、いくら眺めても飽きなかった。
「ねぇ……アリク……」
「何? なんかリアンヌらしくない様子だけど……?」
「私たち、大人になったら……結婚、するんだよね……?」
「そりゃ、じゃないと婚約じゃないと思うけど……」
「私たち、何歳くらいに結婚するのかな……?」
2人の将来のこと。それを考えたことはなかった。
まだ先の話だと思っていた。だけど……。
「親たちは早く結婚させたがるだろうね」
「え……」
「ずっと先のことだと、そう思わない方がいいかも……」
「マ、マジ……?」
「片方がこの世界の結婚適齢期に入ったら、もう片方の年齢なんて考えないかもよ」
リアンヌは複雑そうだった。
ずっと先のことだと思っていたんだろう。
「ま、またまたぁ……」
「それに大公様、早く君を結婚させたがるかも……」
「えっ!?」
「娘を男に差し出すのは嫌だろうけど、娘が出奔する前に縛り付けておきたいって、考えるかも……」
さっきまでスキンシップで手を握って来ていたのに、リアンヌは自分のやっていることに驚いたように俺の手を離した。
「具体的に、何歳くらいで、結婚させられると思う……?」
「13……」
「早っっ?!!」
「は、さすがに早すぎるかな。16くらいじゃないの……?」
「あとたった6年……? 6年したら、私たち、夫婦……?」
「父上と大公様の同盟はこの国の未来に必要だ。お互い、今から覚悟を決めておこう」
その頃には、もう少しリアンヌが落ち着いてくれているといいけど……。
うん、きっと無理だろうな……。
「俺と結婚、嫌?」
「そ、そんなでもない……。でも、覚悟は、付かない……」
「俺はリアンヌと結婚したい」
「え、えーっっ?!」
「ギルド職員アリクとしての人生を思い返す機会が、最近あってね」
「それ、アリクの1つ前の、前世だっけ……?」
「うん。ギルド職員アリクは、酷い女運だったんだ。あの時の彼女と比べると、君は女神だ。何より本心を包み隠さないところが好きだ」
こっちからリアンヌの右手を包むと、彼女は跳ねるように震えた。
「わ、私と結婚する気っっ?!」
「もう婚約してる」
「そ、そそそっ、そうだけどっ、わ、私だってこんな美形のショタとっ、ひゃぁぁーっ、これって犯罪じゃんっ!?」
「君も今は立派なロリータだよ……」
でもこれって幸せなことだ。
こんなに小さな頃から、信頼し合える異性に巡り会えた。
彼女はサーシャのように俺を裏切らない。きっと。
「俺たち、大人になったら結婚しよう。親が決めたからじゃなくて、俺たちの意思で出来ると嬉しい」
「か、覚悟なんて出来てないけどっっ、わ……わかっ、た……い、いいよ……」
そろそろ部屋に戻らないと、母上に心配される。
あるいはリアンヌとしけこんでたと、父上たちにからかわれる。
俺はリアンヌの手を引いて、屋敷に歩いて行った。
「アリク……ちょい待ち……。こっち、向いて……」
「なに? え……っっ」
リアンヌに何かをされた。
「へ、へへへ……また明日ね、アリクッ!」
冷たくて、ちょっとやわらかい感触が頬に当たって、驚いたらリアンヌが屋敷に逃げて行った……。
「今のって、まさか……う、なんか、胸が……っ」
頬にキスされたくらいで、天にも昇るほどに嬉しくなれるのは、青少年の特権だ。
約束された幸せな未来が目に浮かんで、だらしない笑い声が止まらなくなった。
王子に生まれ変わって良かったと思った。
陰謀劇はもうこりごりだけど、あんなに綺麗なお姫様と結婚出来るなんて、本音を言えばとても幸運だ……。
「アリク様、こちらにおられましたか」
「あ、トーマ……」
「おや? どことなくお顔が赤いようですが、何かありましたか?」
「な、なんでもないよ……」
「そろそろ就寝のお時間です。お部屋に戻りましょう」
「うん、ありがとう……」
転生者アリクは、転生者リアンヌと手を結び合い、これからも一緒に生きていこうと約束した。
同じ視点でこの世界を見てくれる相手の隣にいてくれるだけで、転生者である俺たちは互いに安心できた。
「へへ……」
「今夜のアリク様はご機嫌ですね」
「ま、まあね……っ」
頬にはまだ、リアンヌのやわらかな唇の感触が残っている。
向こう1ヶ月はハッピーな気分が続きそうなほどに、少年の胸は幸せな気持ちでいっぱいだった。
階段から落ちたその先は、潮風の香る未来に繋がっていた。
政略結婚も悪くないなって、そう思いながら俺は客室に戻ると、絹のシーツがしかれたベッドで目を閉じた。
翌朝、寝不足の顔をリアンヌに笑われるとは、その時はまだ知らずに。
その晩は目を開けても閉じてもリアンヌの明るい笑顔が目に浮かんで、全く寝付けなかった……。
―― 少年王子の領地開拓 終わり ――
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