・エピローグ2/4 悪女サーシャとその夫リーガンの末路
職員アリクの元恋人、ギルド職員サーシャについてはもう思い出したくもない。
けれどもギムレットが法廷で自供をしたため、彼女についても俺の耳に入ることになった。
「ギルド職員サーシャ。彼女はとんだ疫病神だったようですね、殿下」
「ジェイナス、なんでその話を僕に聞かせるの……?」
「自分を捨てた女の末路を、殿下は知りたくはありませんか?」
「そんな人知らないよ」
「サーシャは職員アリクの紹介でサザンクロスギルド本部への就職が叶うと、その月にはもう、二股を始めていたそうです」
「え……っっ?!」
「おや、興味がおありのようですね?」
う、嘘、でしょ……。
まったく気付かなかった……。
「やがてサーシャはギムレットの息子リーガンと親密な関係となると、元恋人のアリクが邪魔になった」
なんて人だ……。
リアンヌっていう婚約者がいる今はいいけど、昔だったらショックでふさぎ込んでいた……。
「きっかけは、もしそうなったらいいな……だったそうです」
「え、なんのこと……?」
「どうも様子がおかしいので検事が問いただすと、当時ギルドの階段に、乾いた雑巾を置いたとサーシャが自供しました」
え…………?
「彼女の望みは叶った。職員アリクは死ななかったものの、大怪我を負って障害者となった」
「その職員さん……凄く、女運が悪かったみたいだね……」
「そのようです。……で、話の続きですが、彼女の誤算は職員アリクの復職でした」
「そのアリクって職員さんは、ただ元の仕事に戻りたかっただけだと思うけど……」
「ですが彼女に取っては恋路の障害でした。さらに職員としてもアリクの方が遙かに優秀。冒険者に比較されるたびに、彼女は元恋人に腹を立てていた」
サーシャの罪はまだ他にもある。
ジェイナスはそう言いたげだった。
だけど他に彼女の罪なんて……。
いや、でも、まさか……。
「そう、当時の貴方はサーシャにとって、ただの邪魔者だったのです」
職員アリクはずっと、自分はリーガンやギムレットに陥れられたと思ってきた。
だけどジェイナスは、サーシャが元凶と言わんばかりの口振りだった。
「奇しくもその時、我々カナン王家はサザンクロスギルドとブルフォード侯爵の繋がりに注目し、検察院に癒着を捜査させようとしていました」
「え……」
「そう、捜査の話をリーガンから聞いて、彼女は思い付いたのですよ。恋人のリーガンを守りつつ、自分の邪魔者を排除する方法を」
ジェイナスがわざわざ俺に、サーシャについての話を始めたわけがわかった。
当事者である職員アリクは、真実を知るべきだとジェイナスは考えたのだろう。
俺は職員アリクとしての自分に立ち返り、ジェイナスが認める真実を受け止めた。
「僕を裏切ったのは……。喋れなくなった僕に、罪を着せるように、仕向けたのは……。サーシャ……?」
「はい。その最低の悪女の名が、サーシャです」
ははは……なんて酷い話……。
なんて間抜けな男だったんだろう、俺は……。
「まあ、そのおかげで職員アリクとリドリー様は出会えたのです。サーシャが外道でなければ、殿下と私も出会っていませんでした」
言葉に同意したいけど、同意はしない。
僕は大好きな父上と母上の子供でいたい。
過去なんてもういらなかった。
「そのサーシャって人は、どうなったの……?」
「5年間の労役が命じられました」
「そう……。実行したのは、口車に乗ってしまったバカな男たちだもんね……」
「ですがリーガンと結婚してしまったのが、仇となったようです」
「あ、そっか、借金」
「義父の負債は2.8億。そして夫のリーガンは行方不明。彼女もまた借金から逃げられません。一生働きづめの貧乏暮らしとなるでしょう」
ジェイナスはちょっとサディストなところがあると思う。
俺の代わりに悪女サーシャの末路を鼻で笑い飛ばしてくれた。
「報告は以上です。アリク様、どうかこれからも我々にお力添え下さい。我々の勝利は、貴方に芽生えたその才能がもたらしたのです」
「うん、そうしてあげたいけど……」
「おや、何か問題でも……?」
「でもやさしい母上も、2回目は許さないと思う。身内を騙すのはほどほどにね……?」
最近、父上とジェイナスはやり過ぎだ。
次は父上をかばえないと意志表示した。
「フフ……あの方が泣くところを、私は数十年ぶりに見ましたよ。王妃様と別れたくないと、子供の頃みたいに泣いて私を頼ってくれました」
「でもそれ、父上が自分で切ったカードじゃないか……」
「良いではないですか、そこが人間らしくて」
「そうだけど……。夫婦ゲンカを見せられる子供の身にもなってよ……」
「共に陛下を支えて参りましょう」
サーシャなんてもうどうでもいい。
父上と母上の間に産まれたアリク王子として、二人を支えて生きることの方が今はずっと大切だった。
・
・会計士リーガン
ブルフォード侯爵に捕まった時はもうおしまいかと思った。
侯爵はギルドマスター・ギムレットを操る人質として、俺を屋敷の地下牢で犬のように飼う選択をした。
王にたれ込まないと誓っても、あの怪物ははなから人を信用なんてしていなかった。
俺はいずれ訪れるであろう獄死を覚悟した……。
「解放……? なぜ、今さら……」
「侯爵様はもう屋敷にお帰りになられない」
しかし全てを諦めかけたある日、牢の看守を任されていた大男が鍵を開けてくれた。
「どういうことだ……? どこかに逃亡でもしたのか……? いや、まさか……」
「侯爵様は策略に自ら飛び込み、敵に討たれた……」
ブルフォード侯爵は討たれた。
だから俺をここから出してくれる。簡単な話だった。
「本当に……? あの用心深い女を、どうやって王は騙したんだ?」
「外ではもう、大スキャンダルになっている……。とにかく侯爵は破れ、国王ロドリックが長い政争に勝った」
ロドリック王が、政争に勝っただとっ!?
いや待て、リーガン。
だがそうなると、お前の立場はどうなる……?
ブルフォード侯爵に味方していた俺もまた、粛正の対象になるんじゃないのか……?
「理解したようだな。そうだ、ブルフォード侯爵という虎の威を借ってきた狐は、これからは狩られる側になる」
「このままだと、親父も俺も、死刑ということか……?」
「リーガン、俺と一緒に逃げないか?」
「俺を閉じ込めてきた、お前と?」
「俺も悪事を重ねた。きっと死罪になる……。なら、一緒に国を捨てないか……?」
「……まず外に出たい。返事はそれからだ」
看守の男と侯爵の屋敷を抜け出した。
外に出ると、本当にその男の言う通りになっていた。
侯爵はアリク王子の毒殺を試み、返り討ちに遭って自分の毒で死んだ。
王都の民はブルフォード侯爵の所行に怒り狂っていた。
サザンクロスと検察院との癒着も既に広まり切っていた。
俺の居場所はもはやこの国にはなかった。
「自分の立場、わかったか、リーガン?」
「や、止めろっ、こ、殺される……っ」
「そう、俺も正体がバレたらリンチだけじゃ済まない。なあ、俺と一緒に逃げないか?」
そうするしかない!
いや、そうしたい!
妻のサーシャなんて、あんなやつもうどうでもいい!
あいつは、ギルドの疫病神だ!
「けどお前、なんで俺を選んだんだ? 牢獄には他にいくらでもいたのに、なんで俺なんだ?」
「そ、それは……」
元看守は俺から視線をそらして口ごもった。
「それは、賢そうなやつと組んだ方が、上手くいくだろ……? お前が、気に入ったんだ……リーガン……」
まあいい。とにかくこの大男と国を出よう。
あの侯爵の犬をやっていただけあって、良い用心棒にはなりそうだ。
「それとも、奥さんに未練があるか……?」
「そうでもないな。そもそもあの女と、結婚をしたのが間違いだったと、そう思えてきた……」
「そ、そうかっ、ならそんな女捨てて俺と行こう! なっ!?」
「よろしく頼む。……ああ、ところで名前は?」
「コルドバだ。お前の一生の相棒になる男の名前だ」
俺とコルドバは第二の人生を求めて王都を出た。
コルドバはややスキンシップが過剰なところ以外は、聞き分けのいい頼れる相棒だった。
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