エピローグ1/4 あるギルド職員にまつわる悪党どもの末路
・エピローグ1/4 検事キルゴールとギルドマスター・ギムレット
あのブルフォード侯爵の死より3ヶ月の月日が過ぎ去った。
その3ヶ月間の間に、貴族社会では父上たちの手により大きな改革と粛正が引き起こされた。
ブルフォード侯爵側に属していた諸侯が、ある日突然に当主の隠居を宣言したり、あるいは不自然な急死を迎えて舞台から消えていった。
当然、諸侯は王家の陰謀や暗殺を疑っただろう。
だが諸侯は父上を糾弾しなかった。
時流を読むのが上手い者は、手のひらを返して名君ロドリックと父上を賞賛し、王家による中央集権の国作りに賛同した。
諸侯たちの集まる謁見の間にて、俺、アリク王子が【毒反射】スキルの存在を明かしたところも大きかった。
スキル画面の【毒反射】の3文字を見せるだけで、諸侯はブルフォード侯爵の不審死が、恥知らずによる自滅であることを理解した。
諸侯は口々に叫んだ。
『あのババァは人の子供を殺そうとした人でなしだ』とか。
『主君への忠誠を忘れた者に貴族の資格はない』とか。
『自分が盛った毒で死ぬなんてとんだ間抜けだ』とか。
恐れていた存在が死んだ途端、諸侯たちはもう言いたい放題だった。
首魁ブルフォード侯爵の名声は、たった一晩で地の底まで落ちた。
スキャンダルはどんな正論や賄賂よりも強いワイルドカードなのだと、諸侯の胸に刻み付けられた。
こうしてブルフォード侯爵とその派閥の敗北が決まると、俺たちの国に粛正と陰謀の嵐が訪れた。
自分の親兄弟がどれだけ恐ろしい存在なのかを、俺はあらためて知った。
政敵を排除することにおいては、むしろブルフォード侯爵よりも父上の方が苛烈だった。
宮廷の敵が次々と倒され、服従してゆき、敗北者たちが父上の座る玉座にひれ伏した。
それはギルド職員アリクを陥れたあの、検事キルゴールもまた例外ではなかった。
ブルフォード侯爵の死は、汚職や不正に手を染めてきた者に飢えた野獣となって襲いかかっていった。
・
「検事キルゴールを終身刑とする」
舌を失ったキルゴールは、裁判により裁かれた。
改革により浄化された検察院がキルゴールを告訴し、これまでの汚職と職権乱用の全てを裁いた。
噂ではキルゴールは検察院と取引をしていたそうだ。
これまで陥れた者たちについて自供をし、罪を認める代わりに、火炙りの刑ではなく、生活が保証された独房での終身刑とする条件だった。
「なんと、終身刑では不服とな? なんとなんと、被告はその命をもって、罪を購いたいと申すか!?」
だが裁判でちょっとした不幸な手違いがあったそうだ。
終身刑に安堵したキルゴールの前で、担当検事と裁判長が勝手な話を進め、判決を覆した。
「うーっっ!! あ、あああああーっっ!!」
そんなことは言っていないと舌無しのキルゴールは暴れた。
当然職員に取り押さえられた。
それでも怒り狂って暴れるので、大変だったそうだ。
「確かに、これまで破滅させられた者たちの苦しみを思えば、終身刑では満足な贖罪にならないでしょうな」
ブルフォード侯爵という共犯者がいるうちは、そんな判決など通らなかっただろう。
だが、裁判長は最後にアリクの無念を晴らしてくれた。
「検事キルゴールを死罪とする。青の広場にてさらし者にした後に、火炙りとせよ」
喋れない者に罪をなすり付けた元検事は、うめき声を上げて抗議をしたが、誰一人その場に聞く耳を持つ者はいなかった。
こうして検事キルゴールは、先月に怒り狂う民の罵声を一身に受けながら、まるで見せ物のように火炙りに処されたという。
・
検事キルゴールの自供は、ギルドマスター・ギムレットの逮捕に繋がった。
「悪ぃな、レスター……」
「別にお前さんを助けたんじゃねぇよ。サザンクロスギルドには、世話になった連中がまだ沢山いる」
罪状は横領、収賄、偽証、詐欺罪。
ギムレットもまた裁かれ、8億シルバーの返済を要求された。
そんな金、返せるはずもない。
ギムレットは日本円で言うところの80億円を請求されていた。
「死んだアリクには悪いが、お前さんと取引すべきだと思っただけだ」
「お節介な野郎だ……」
「俺はあの王様ほど苛烈にはなれなくてなぁ……」
父上はサザンクロスの工房や物件だけを買い叩き、他は買い取らずに放置するつもりだった。
けれど労働者に罪はない。
レスター様は全面的な買収を父上に提案し、要求を飲ませた。
王家はアイギュストス公爵家と資金を出し合い、大商人たちに借金までして、サザンクロスギルドを5.2億シルバーで買い上げた。
こうして俺たちカナン王家は、国内最大の冒険者ギルドの所有者となった。
「ってことでよ、隠居なんてさせねぇぜ、ギムレット」
「大ギルドの持ち主から一転して、借金背負ったただの労働者か……」
「首が繋がっただけマシだろ」
「ああ……」
「あの当時、アリクにした仕打ちを考えりゃよ、お前もキルゴールと一緒に、市民に侮辱された果てに火炙りになってもおかしくなかったんだぜ?」
「アリク、アリク王子、か……」
ギムレットの残りの借金は約2.8億シルバーだ。
そんな金、どうあがいても返せるとは思えなかった。
「なあ、レスター……。アリク王子が、うちのアリクと同じ名前なのは、なんの偶然なんだ……?」
「お……?」
「あのアリク王子のせいで、俺は借金を背負った罪人になっちまった……。息子のリーガンまで、消えちまったっきりだしよ……」
ギムレットの残りの人生は悲惨だ。
負債2.8億シルバーという重圧を抱えて、敵の下で働いて生きてゆくことになる。
「あの夜、アリクの野郎を抱えて病院に連れて行ったのが、俺じゃなくてお前さんだったのなら運命は変わっていたかもな」
あの日、足を滑らせたせいでこうなった。
そう考えると人生ってわからないものだった。
あそこで足を滑らせずに、平凡なギルド職員としての生きる可能性も、生前のアリクにはあったのだから。
ギムレットは帰らぬ息子を待って、今もあのギルド酒場で夜遅くまで働いているそうだった。
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