・あっけない幕引き、毒殺おばさんの最期
その少し前――
・ブルフォード侯爵
「閣下、これを」
「あら、遅かったじゃないの……」
ダルブラの毒が手に入ったわ。今。
アサシンギルドの手の者は宿の職員に化け、私に一包の薬を手渡した。
「可能ならば、今すぐ実行を。なりすましに気付かれると貴方様をフォロー出来なくなります」
「わかったわ。今夜殺ればいいのね……?」
「は。そして私が失踪すれば、宿の者は私がなりすました者を、暗殺の下手人と思い込むでしょう」
「まあ、酷い話ね。うふふ、明日は爽やかな寝覚めになりそうだわ」
「王子と王妃は部屋で食事をする事になっています。私が気を引きますので、閣下は厨房で毒を」
「簡単ね」
アサシンギルドの男は一足先に厨房に向かった。
何か騒ぎを起こしたみたい。
私が厨房に着くと中はもぬけの殻だったわ。
私はアリク王子が好きな大きなオレンジゼリーに、無味無臭の粉薬を溶かし込んだ。
「ほんと、簡単なものね……」
その後は部屋に戻ったわ。
ワインボトルを開けて、一人で祝杯を上げた。
ああ、可哀想な王子様……。
リドリー王妃とロドリック王の間に生まれなければ、もう少し長生き出来たでしょうに……。
「これでロドリックとルキの天秤の栄光は終わり。私の飼い犬、サザンクロスが復活するわ……」
あの目障りなギルベルドもロドリックごと、いつかは死刑台に……。
私は勝利の美酒を楽しんだ。
・
「けほ……っ。あ、あら……?」
けれど何か変……。
私は急にせき込んで、赤ワインにしては妙にどす黒くて、鉄臭いものが口から漏らしていた……。
「な、なによ、これ……。私の……私の血、なの……?」
お腹の底から血が吹き出てきて、苦しい……。
毒、毒なんて、いつ、盛られたの、私……?
わからない……何が、起きて……。
「あ、あの、女……わ、私、を……」
滅びかけの王家に、この私が敗れるの……?
原因もわからない、こんな、こんなわけのわからない死に方で……。
舞台から、消えるの……?
「ぅ、ぅぅ……ぁ、ぁぁぁぁ……っ」
な、ぜ……。
・
・アリク8歳
翌朝、俺たちは宿を出た。
母上はもう、これが陰謀であることに気付いていた。
「母上、母上」
母上はへそを曲げて一言も喋ってくれなくなった。
窓の外ばかり眺めて、こちらに振り返らない。
子供みたいに唇を突き出して、怒りを抑え切れないのか時々鼻息を上げてうながっている。
「母上、父上は僕たちを守るためにこの計画を――」
「アリクはずっと、私を騙してたのね……」
「そ、そうだけど……でも……」
「酷い……。ずっと旅行、楽しみにしてたのに……。あなたを毒殺させることが目的だったなんてっ!!」
その結果、父上と兄上の政敵テレジア・ブルフォードは倒された。
翌朝、テーブルの下で血反吐を吐いて倒れていたところを発見された。
僕とリアンヌは暗殺の恐怖から解放され、母上の怒りだけが残った……。
「父上とケンカしないで、お願い」
「無理よっ、こんなの許せないっ!」
「でも僕たちには毒反射スキルがあるから、最初から危険はなかったじゃないか。この策略は最初から勝利がーー」
「それはそれっ、これはこれっ! まだ8歳のあなたを政治利用したロドリックが私は許せないのっっ!!」
「それは……うん、ごもっともだけど」
普通怒る。それが正常な人間の感性だ。
でも王家の人間は綺麗事だけでは生き残れない。
ギルベルド兄上のおかげで、長く続くかと思った政争に片が付いた。
陰謀劇は俺たちの大勝利で終わった。
「あんまりケンカしないでね……? 父上は、父親だけの立場ではいられない人なんだ」
「そう……アリクは、ロドリックの肩を持つのね……」
「そ、そういうつもりで言ったんじゃないよっ!?」
「アリクは……父上と母上、どっちについて行きたい……?」
「重いってばーっ!! 二人が別れるなんて絶対やだよっ!!」
「それがアリクの願い……?」
「そう! すぐには難しいと思うけど、父上をわかってあげてよ……」
「そう……アリクは、ロドリックの肩を――」
「だから、話がループしてるってばっ!」
勝利の代償は重かった。
だけど父上は承知の上でこのカードを切ったんだと思う。
王都まで半日の馬車の中で、俺は母上が疲れ果てて眠るまで、慰めたりなだめたりして過ごすことになった。
王侯貴族って、大変だ……。
ああ、疲れた……。
・
それから一晩が過ぎた翌日の朝、珍しく父上の姿が朝食の席にあった。
「何か?」
「な、なんでもないよ……」
母上にビンタでもされたんだろうか……。
父上の右頬が赤くなっていた。
それに目元が赤い。
人知れず行われた夫婦ゲンカで泣かされた方は、母上ではなく父上だった。
「アリク……」
「なあに、父上……?」
「どうしたら、リドリーに許してもらえると思う……?」
「それ、考えないで計画を進めたの……?」
「うむ……」
「謝るしかないんじゃないかな……」
「もうやった……。別れないでくれと、泣いて頭を下げた……」
一国の王様も、家庭ではただの旦那さんだった。
俺たちはそれだけのことをしたし、一緒に謝るしかない。
「わかった、僕も一緒に謝るよ……」
「リドリーと別れたくない……。助けてくれ、アリク……」
父上にも人間らしいところがあった。
俺はそれにホッとして、寝室に引きこもって出てこない母上のところに、父上と一緒に謝りに行った。
敵を罠にハメて鮮やかな勝利を果たしたはずなのに、俺たちは家庭崩壊の危機に怯えていた。
俺たちは政争に勝利した。はずだった……。
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