・冬とヒートパイプ - 試作2号ボイラー -
ヒートパイプに関しては、あまり俺の出る幕はなかった。
アグニアさんとコンラッドさんが優秀なのもあるけれど、構造がシンプルでわかりやすいのもあった。
芯の通ったパイプの中に純水を入れ、蒸発の力を使って熱を伝導する。
その仕組みさえ理解してしまえば、必要になるのは設計図と、現場の工作能力だけだった。
材料面で見ても、俺たちは既に硫黄の蒸留を成功させているので、純水の蒸留なんてなんでもないことだった。
「試作2号ができたでー!」
「本当!? すぐに見に行く!」
「カナと公女さんはええん?」
「あの2人? 2人は僕を置き去りにして、今頃はお菓子屋さんでデートだよ」
「ほな、あの人力車で現場に乗せてってや」
「え、いいの? もちろん喜んで!」
納屋から人力車を出して、アグニアさんを乗せて走った。
場所は第二新市街の外れで、そこにヒートパイプの実験施設を作った。
それは3部屋だけの木造の小屋で、3つの部屋にはヒートパイプが繋げられている。
一番端の部屋が電気式のボイラー室だ。
大型で高出力の電熱線をヒートパイプにくっつけて、どれだけ効率的に熱を伝導できるのかを、これから確かめる。
「なんだ、カナは一緒じゃねぇのか?」
「カナちゃんはリアンヌと遊びに行ってるんだ」
「そうか、そりゃ残念だな……」
建設は八草さんが受け持ってくれた。
パイプで接続された3つの部屋は、木造の壁でしっかりと隔絶されている。
一番奥のボイラー室に入ると、大きな鉄の筒がある。
この内部には電熱線がいくつも仕込まれている。
「早速、動かしてくれる?」
「ほなぽちっとな!」
今のグリンリバーの課題に薪の消費がある。
アリク王子が薪に頼らないストーブを作っているという噂が、薪や木材の相場を抑えてはいるけど、最近また上がり始めている。
結局、電気式ストーブが完成していないからだ。
密封されたボイラーに触れてみると、徐々に熱を持っていっていた。
「どうなるかな。実験はしたの?」
「そこは見てのお楽しみにしてくだせぇよ」
「ほな出よかー」
ボイラー室を出て隣の部屋に移った。
室内にはヒートパイプが走っていて、それがもう1つの部屋にも繋がっている。
ヒートパイプに触れてみると、稼働させたばかりなのにほんのり暖かくなっていた。
「どや?」
「この熱伝導性、不思議だね……」
「だよな! こんなめんどくせー造りにする必要あんのか? って思ったけどよ、こりゃ意味あんわ!」
「はは、八草さんは正直者だね。あっちの部屋にも確かめてくる」
そう言うと2人とも付いてきた。
一番端の部屋のヒートパイプに触れてみると、こっちも隣の部屋と変わりないくらいに暖かい。
すごい。
理論は知ってたけど、ヒートパイプってここまで効率的に、それも均等に熱を移動させられるものなんだな……。
城門前広場を七色に染め上げた光と比べるとすごく地味だけど、これはすごいことなんだ。
「いいね、すごくいいよ!」
「このまんまだと、ちょいと火傷がこえー気もするが、あったけぇよなぁ」
「確かに火傷や火事が怖いね」
ヒートパイプはさらに温度を上げていっている。
そろそろ触っているのがつらくなってきた。
暖房のかかっていなかった室内が、徐々に暖まっていっている。
後は暖房としての効率次第だろう。
集合住宅のフロア全体を温めるには、どれだけの規模のボイラーがあればいいのかも、これでだいたい把握できる。
「で、どれくらい暖まるの?」
「暖まるまで時間かかるけどなー、最終的には暑いくらいになるで」
「成功したんだね」
「悪ろないで。自分で暖炉点けれへんのは不便やけど、薪代もバカにならんしなぁ……」
薪の高騰は製鉄を始めたアリク王子のせいだ。
どうにかしたかった。
「一般市民は寝る前に暖炉を消すんだ。それが夜中ずっと暖かいってなると、んなの天国でしかねーだろ」
ヒートパイプ式の暖房の実験は成功だった。
ちょっと邪魔ったくて、洗濯物でも起きたくなる暖房器具けど、いやまず間違いなく置く人が出てくるだろうけど、そこは注意喚起をがんばっていこう。
でもこういうのって、実際に火事が起きないと人間って学習しないと思う。
火事はもう約束されたようなものだった。
「集合住宅はもう何棟か完成しているんだよね?」
「ああ、雪が降り始める前にどうにかしようと思いやしてね、4棟完成してやす」
計画より早い。
俺が感心すると、八草さんは得意げにニカッと笑った。
「じゃあ、そのうちに1棟にこれを導入したい。成功したら入居者の募集だ」
「ああ、それなんですかね、殿下。うちの野郎どもを優先してくれねぇですかね?」
「え、そう……? 現場と仕事場が近いと、何かとめんどくさいことになると思うけど……?」
「いいじゃねぇですか、人手が足りねぇときに、好きに呼び出せんですからよ」
「ははー、うちならお断りやなー」
「本人どもがここがいいって言ってんだ、いいじゃねぇですかい」
では1棟目は労働者さんたちを優先しよう。
職場の近くに住んだら休日が潰されそうで俺は嫌だけど、凍えて眠らなくてもいいというのは、確かに大きな魅力だ。
長らく更新が止まって申し訳ありません。
心折れて、なろうそのものから離れていました。




