・貴方が失ったのはこの綺麗なリアンヌですか? - 子供のわがまま -
「どう思われますか、アリク様?」
「え……? ああ……僕、芸術には疎くて……。でもリアンヌがそんなにいいって言うなら、見てみたいかな」
「では今後ご一緒に、王都の美術館に行きましょう」
「う、うん……わかった……」
美術、館……?
リアンヌが……?
誰、これ……?
彼女が彼女であることは尊重したいけどっ、心の中で叫ばずにはいられない!!
誰っっ、これっっ?!
「こ、これは……デ、デデ、デートになるのでしょうか……っ」
「うん、そうなるね」
「ではっ、来週あたりどうでしょうかっ!?」
「ごめん、向こう半月は忙しいんだ。その後でよかったら多少ゆとりができるかな」
「そうですか……そんなに、先ですか……」
「ごめんね。僕、ここの領主だし、都ではもうじきに弟が生まれる。僕ががんばって、父上と母上に時間のゆとりをあげたいんだ」
これが元のリアンヌなら、私も手伝うと言ってくれる。
あの無限にも思われるパワーは、いったいどこに消えてしまったのだろう。
「それは今も、お忙しいということでしょうか……?」
「そんなことないよ。もうじき結婚してくれる人がきたんだ、リアンヌを優先するに決まっているよ」
「そうですか……、よかったですの! あ、お茶とご昼食が届きましてよ!」
振り返るとターニャさんが配膳にきてくれた。
ターニャさんはお仕事モードの無表情だ。
だけど帰りに一瞬だけ、リアンヌの視界の外で、両手を広げて諦めるような身振りをしてから帰って行った。
友達の豹変にターニャさんも困惑している。
「後で散歩でもどう? 僕が人力車で君を乗せて運ぶよ」
「お、王子様がですか!?」
「驚いているみたいだけど、君もやっていたことだよ?」
「そうですの……? そういえば夢の中では、そんなことをしたような、気もいたしますの……」
夢じゃない。それは現実の出来事だ。
君は暴れ馬のように俺たちを乗せて、各地を爆走したんだ。
と、突き付けても彼女は認めないだろう。
「今、こうしていることに違和感はない?」
「違和感ですか……?」
「何をしてもしっくりこないとか、そういう感覚はある?」
「……はい。それならあります。なんだか、何をしても満足し切れないような、不思議な感じが、ずっと……」
やりたい放題のゴーイングマイウェイな生活から、慎ましい淑女になったらそうだろう。
しかしこうして疑問を感じてくれているのだから、元の彼女に戻る可能性もあるのだろうか。
「じゃあ、別の質問。人力車での散歩だけど、席も余っていることだし、カナちゃんも乗せていい?」
「いいえ、わたくし、2人っきりがいいですわ。カナは大切なお友達ですが、せっかく久しぶりにアリク様と会えたんですもの、2人っきりがいいですわ……」
「わかったよ、そうしよう」
今のリアンヌの幸せを考えれば、この言葉を尊重したいけど、やっぱり俺自身が無理みたいだ。
今のリアンヌが嫌がろうと、俺は元のリアンヌに戻す。
身勝手と言われようと、今のリアンヌは俺たちにとって不都合だ。
元通りのやりたい放題の彼女じゃないと困る。
俺たちはお茶をゆっくりと楽しんで、それから俺の昼食が済むと、一緒に散歩に出かけた。
・
「貴族らしくない気もいたしますが、いいものですねっ、これはっ! なんだかとても、とても……楽しいです、アリク様!」
「気に入ってもらえてよかった。ああ、そうだ、大橋の向こうに行こうよ。もうじきあの大橋に、白い電球の光が灯る時間だ」
「あら、そんな時間ですの……? ですけどわたくし、日が暮れる前にお父様と領地に帰らないといけませんの……」
リアンヌ、それは君の言葉じゃないよ。
君なら平気で自分のわがままを通す。
当たり前のようにここに滞在してくれる。
「泊まっていったら?」
「いえ、わたくしたちは結婚前です、いけません。……ですが、光る橋だけはわたくし、アリク様と一緒に見たい……。そんな気分です……」
「ならそのわがままを通せばいい」
「そんな、お父様や家臣にご迷惑がかかりますわ……っ」
「きっと迷惑だなんて思わないよ。君が君らしくあることが、大公様の幸せなんだ」
「そうですか……?」
「そうなんだよ。わがままを言ってくれる子供の方が、親からすればかわいいんだ」
「で、では……。やっぱり見たいですっ! 白い光にライトアップされる橋の上を、わたくしっ、アリク様とお散歩したいですっ!」
「いいね、ぜひそうしようよ!」
しっくりこないけど、こっちのリアンヌもかわいいところがある。
今やっとそう感じられるようになった。
俺たちは明るく語らいながら橋を越えて、対岸で橋がライトアップされるまで待った。
それから人が行き交う橋をまた越えて、慕ってくれるグリンリバーのみんなとも語りながら歩いた。
すると――
「カナも……誘えばよかったですわ……。なぜわたくしは、カナを遠ざけようとしたのでしょう……?」
「それは2人っきりも楽しいからだよ。次はカナちゃんも呼ぼうね、リアンヌ」
「はい! それもなんだか、楽しいような気がしてきましたのっ!」
俺たちは十字を描く美しい白熱電球の下を進み、暖かな暖炉と大公様が待つ屋敷に戻っていった。
・
「ごめんなさい、お父様……。楽しくて、日が暮れるまで遊んでしまいました……」
「いいんだよ、リアンヌ。領地には泊まると使いを送ろう。泊めてくれるね、アリクくん?」
大公様は怒るどころか喜んだ。
散々困らされた元々の娘の性質に似ていたからだ。
「なら一緒にデュパリエでもどうかな」
「そのつもりだったよ。リアンヌ、隣で勝負を見てくれるね?」
「はい、もちろんです、お父様」
試験勉強をがんばってくれるみんなには悪いけど、今夜はお休みをもらおう。
俺だってたまにはわがままを言っても、許されるはずなのだから。
明日更新、明日書きます。
恐らく投稿が00時か、それ以降になります。




