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・さよなら、リアンヌ

「待ってリドリーお母様、もう少しでそこのプロトタイプってやつが完成するんだってっ!」

「う、うん……後はあの水門から海水を引き込んで、蒸発の具合を確かめるだけなんだ」


 リアンヌのフォローに感謝しながらそう説明すると、母上は塩田を目を丸くして見つめた。


「これ、あなた作ったの……?」

「違うよ、みんなで作ったんだ!」


 石材と石材を繋ぐためにモルタルも作った。

 玄武岩と白いモルタルで作られたプールは、遊ぶには少し浅いけどわくわくする美しさだった。


「アリク殿下、王妃様の前で海水を引き入れて見せてはどうでしょう?」


 トーマの提案はもっともだ。


「お風呂はその後、ということで……」

「は、入らないってばっっ!!」


「もったいない……」

「うん、マジでもったいない……」


 人の気も知らないで、トーマとリアンヌは腕を組んで『わかる……』とうなずき合った。


「いいわ、半月間の成果、お母さんに見せてくれる?」

「うん! 大将っ、水門を開いて!!」

「おうさっ、発明殿下!!」


 間に合わせの木の水門が開かれると、海水が勢いよく塩のプールに流れ込んで来た。


 海砂の混入は最小限。

 満ちては引く海が緩急を付けて、プールを海水で満たしていった。


「やっば、私泳ぎたいっ!」

「子供か……」


「子供だもん!」

「子供は冒険者に混じって無双プレイなんてしないってば……」


 母上は小さな塩田を見つめたまま動かない。

 どうしたのかなと前に立って、子供らしく首を傾げるとやさしく笑ってくれた。


「よくわからないけど、凄いわ、アリク!」

「うんうんっ、私もよくわかんないけど凄いよ、これっ!」


 君は昼間以外はずっと一緒だったんだから、もう少し構造を理解していて欲しかったかな……。


「潮が満ちたときにこうやって海水を引き込んで、海の水をここに閉じ込める。そして蒸発を待って、頃合いを見てまた海水を流し込む。こうすると濃い塩水が出来るんだ」


 わかっていない誰かさんのために、もう1度説明をした。

 母上は両手を叩いて喜んだ。


「まあ凄い! 海の満ち引きを使うなんて、アリクは天才ね!」

「誰でも思い付くことだよ。……これまでは岩塩を輸入すればいいだけのことだったから、誰もやろうとしなかっただけ」


 俺は史実で起こり得る出来事を、前倒しで引き起こしただけだ。


「つまりコロンブスの卵ってことだね!」


 なんだか懐かしい言葉だった。

 職員アリクの人生を足すと、大学生をやっていた頃は30年も前のことだ。

 転生者である実感も最近では薄れてきていた。


「ここはもういいですから、発明殿下はカーチャン様と屋敷にお戻りくだせぇや」

「そうだよ、せっかく来てくれたんだから、一緒にお風呂入らないと!」

「何度もしつこいよっ、入らないって言ってるじゃないかっ!」


「じゃあ私が一緒に入る!」

「もうそれ、趣旨変わっているでしょっ?!」

「う、羨ましい……。いや、それはそれで、美しい……」


 君も何を妄想しているんだ、トーマ……。

 このおかしな流れを終わりにしたかった俺は、母上の手を引いて馬車へと導いた。


「明日まで待ってくれる? どれだけ海水が蒸発するか見てみたいんだ」

「ふふ……アリクのそういうところ、ロドリック様によく似ているわ。結果が楽しみね」


「うん! これが上手く行ったらアイギュストス領は塩の一大産地になるんだ! どんなに岩塩の原価が安くても、現地生産には敵わないはずなんだ!」


 トーマとリアンヌと母上と一緒に馬車に乗って、大公様のお屋敷に戻った。

 母親につい夢中で報告してしまう自分に驚いた。


 仕方がなかった。

 だって自分はまだ8歳だし、本音を言えば一緒にお風呂に入りたい気持ちだってあった。


 スケベ心は抜きで。

 いや大事なことだから2回言うけど、スケベ心はないよ!?


 お母さんと一緒にお風呂に入りたいのは、正常な子供の感性なのだからっ!



 ・



 一緒にお風呂には入らなかったけれど、母上に馬油で髪を手入れされて一緒に眠ったその翌日、俺たちは昼まで待ってからあの小さな塩田を訪れた。


 たった1日で塩田の水面が10cmも下がっていた。


「発明殿下、こりゃぁ大成功ですぜ!」

「それは気が早いよ、大将。曇りや雨の日もあるんだから」

「あ、そっか……。でも凄いよっ、これの大きいのが完成すれば、塩をどかどか作れちゃうってことじゃない!」


 濃縮された海水を大将がすくってくれたので、みんなで舐めてみた。

 ただでさえ塩辛い海水がさらに濃くなっていて、喉をひりつかせた。


「これ、ロドリック様に持って帰れないかしら?」

「塩分が高いから、途中で腐ったりはしないと思うけど……」


 父上の分の海水をくむと、今の満潮に合わせて水門を開くことになった。

 濃縮された海水に海水が流れ込み、元の水かさに戻った。


「でもさ……なんか少し、緑がかってない?」

「それはいいんだ、確か藻塩になるはずだから」


「あ、それ、天ぷらにかけるやつ!」

「それは知らないかな……」


 それはそうと全てを見届けたら、母上と一緒に王都に帰る約束だ。

 俺はリアンヌの前に寄って顔を見上げた。


「な、何、急に……っ?」

「この2ヶ月間、楽しかったよ」


「あ、そっか……。もう、帰っちゃうんだよね……」

「本当に楽しかった。リアンヌのバイタリティを分けてもらえた気分だった」


「私も! 知識チートのお手本になったよ! それに、私もすっごく楽しかった!」

「あと……婚約してよかったって、思った」


「えっ!? いっ、いきなりそっちの話っ!?」

「親の都合で始まった関係だけど、これからも僕と仲良くしてね」


 頭半分大きなお姉さんの手を取って、俺は両手で包み込んだ。

 こういうのは子供や年下の特権だろう。


 無垢な笑顔を送ると、リアンヌの頬が桃色に染まった。


「と……尊い……っ」

「トーマ、水を差さないの♪」


「す、すみません、つい……っ。ぁっ、ぁぁ……っっ!」


 トーマを小姓にしてよかった。

 ちょっと変態だけど、一緒にいてくれると安心する。


「じゃ、帰るね」

「うん……またね、アリク……。また、気が向いたらっ、私も脱走して遊びに行くからっっ!!」


「そこは脱走しないで正式に訪ねて来ようよ……」


 リアンヌとお別れをして、俺はトーマに馬車へと導かれた。

 今度はリアンヌ抜きの3人でそこに落ち着いて、馬車の出立を待った。

 感傷に浸る間もないうちに、馬車はすぐに出発してしまった。


「またねっ、また遊びに来てねっ! 絶対来てよねっ!」


 そんな声が聞こえて、俺は走行中の馬車の扉を開いた。


「大げさだよ! 父上の許しが出たらまた塩田の指揮に戻る! またね、リアンヌ!」


 そこから身を乗り出して、馬車を健脚で追いかけるリアンヌに手を振った。


 2ヶ月間ずっと一緒だったから、さすがにしんみりときた。

 もういっそ、アイギュストス公爵家に婿入り出来たらと思うくらいだった。


 どんどん、どんどん、リアンヌの可憐で美しい姿が遠くなって行った……。


「アリク、こっちにいらっしゃい」

「うん……」


 大人の知識と記憶を持っていても、アリク少年はまだ子供だ。

 少年は母親の胸に飛び込み、別れの涙を流した。


「たっ、たまりませんねっ、リアンヌ様……っっ」

「トーマ、あなたも落ち着きなさい」


「ふ、ふひひ……っっ、こ、小姓になって、よかった……」

「もう、しょうのない人ね……」


 子供に戻って母親の胸に甘えられるのは、とても幸せなことだった。


 こんなに綺麗でやさしい母上がいるのだから、将来の俺はマザコンになってしまうのかもしれない……。

 それでも構わないと思った。


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