・貴方が失ったのはこの綺麗なリアンヌですか? - 2人っきり? -
ふいにノックが響いて薄目を開けた。
全身がだるい……。
起きたくない……。
昼は文官候補のみんなと勉強をがんばって、政務は朝と夜に行う生活を続けているせいだ。
夜明けに寝て、朝に起きる日課から外れるだけで、起床は耐え難い苦痛をともなった。
「アリク様は、おやすみ中です……。もう少しだけ、ねかせて、あげてください……」
「残念ですわ……。せっかくアリク様にお会いしにきたのに……」
けれどリアンヌの声が聞こえた気がして、俺はベッドから飛び起きていた。
窓辺から差し込む光はまだ昼のもので、さほど寝過ごしてもいないようで安心した。
「リアンヌ様の、おこえで、おきてしまわれたようです……」
「え、そう……ごめんなさい……」
「ちょうしがくるいます……」
カナちゃんが小声でつぶやくと、コンコンとまたドアがノックされた。
「アリク様、お休み中申し訳ありません、リアンヌです。お目覚めになられたら、ご一緒にお茶でもどうかしら?」
「いらっしゃい、リアンヌ。今行くから少し待って」
「嬉しい! わたくしずっとアリク様とお喋りしたかったんですの。下のお部屋でお待ちしておりますわっ!」
昼か……。
これが元のリアンヌだったら、朝9時くらいに現れるものだけど、昼か。
ドアを開くと、カナちゃんだけが俺を待っていた。
「おはよう、カナちゃん」
「ふふ……ねぐせ、なおしてからいきましょう……」
「え、あ、はねてる……」
いい匂いのする整髪料とブラシで髪を整えてもらってから、俺はリアンヌの待つ応接間に向かった。
するとそこには大公様の姿もあった。
「アリク様っ、ずっとお会いしたかったですわ!」
「やあリアンヌ、いらっしゃい」
いつものリアンヌなら俺の手を取ったり、もっと距離を詰めてはしゃぐだろう。
でもこのリアンヌは淑女と紳士の距離を保った。
「本当はもっと早くお会いしたかったのですが、お父様がわたくしをお医者様のところに連れ回すんですの……。わたくしは健康そのものなのに……」
正規の治療は今のところ実を結んでいないようだ。
大公様は娘に作り笑いを浮かべてから、密かに俺に顔を向けると首を左右に振った。
「アリク様、お外はいい天気ですのよ。婚約者同士2人っきりで、お茶でもどうでしょうか」
「2人っきりで……?」
「はい……。わたくし、アリク様と2人っきりがいいですの……」
カナちゃんの様子が気になって目を送ると、自分のことは気にするなと首を横に振る。
2人っきり。気になる言葉だった。
「ちゅうしょくを、おもちしますね、アリク様……」
「ありがとう、カナちゃん。じゃあ行こうか、リアンヌ」
いつもの調子でリアンヌと手を繋ぐと、なんかビクリと彼女が驚き震えた。
「は、恥ずかしいです……こんな、人前で……」
「リアンヌは恥ずかしがりなんだね」
ああ、やっぱり調子狂う……。
元のリアンヌがみんな一緒がいいと言うし、手に触れたら明るく笑い返す。
どうも変な感じだ。
だけどこれはリアンヌなのだから、俺は婚約者として誠実に、やさしく接しないと……。
「手、引いてもいい?」
「は、はい……。わたくしたち、結婚するのですから……普通のことですのよね……」
「そうだよ。僕たち春には結婚するんだ。色々覚悟を決めておかないとね」
リアンヌの手を引いて応接間を出た。
するとカナちゃんと大公様のやり取りが遠く聞こえた。
「カナくん……あれは、本当に私の娘なのかな……」
「はい、リアンヌ様は、リアンヌ様です……。すこし、さびしいですけど……」
「私もだよ……。ああ、仕事が落ち着いたら私とお茶でもどうですか?」
「では、おことばに、あまえて……」
「2人っきりがいいだなんて、あの子の言葉とは思えないですよ、私は……」
今のリアンヌからすれば、大公様のその言葉は嬉しくないだろう。
俺はリアンヌの手を少し強く握り、心配ないよと微笑んだ。
「大丈夫、すぐに元に戻れるよ」
「戻る、ですか……?」
「……もしかして、戻りたくない?」
「いえ、わかりませんわ……。だってわたくしは、わたくしですもの」
「それもそうだね。行こ!」
リアンヌの手を引いてまた歩き出すと、何かを思い出してくれたのか彼女は笑った。
「大事なことを忘れている。そういう感覚は、ずっとありますわ……」
「うん、君は大事なことを忘れている。でも無理して思い出さなくてもいいよ」
自分がやっていることと真逆のことを言い出して、自分でも驚いた。
でもそうだろう。
リアンヌが今のままでいたいと言うなら、変えるべきではないかもしれない。
エントランスホールから庭に出た。
温室の側の東屋に着くと、リアンヌは行儀よくそこに腰掛けて、俺はその右手に腰掛ける。
彼女は季節や花、音楽や芸術の話を始めた。
ご飯とか冒険とかゲームの話ばかりのリアンヌとは、やはり別人だった。
採算となりますが、
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