・文官が足りない? なら作ればいい - 王妃の役目 -
大橋を造って最もよかったのは、母上が暮らす離宮との行き来が楽になったことだ。
これのおかげで『定期的に両親に無事な姿を見せる』という、子供の役目を果たすのが容易になった。
少し前までなら母上の方からこちらに訪ねてきてくれたのだけど、最近はそうもいかない事情ができた。
だいぶお腹が大きくなってきた母上は、父上に釘を刺されてしまったんだ。
第三王子に何かあったら大変だ。
都の外に出るのは極力控えるように、と。
「あらアリク、またきてくれたのね!」
「うん、ちょうど手が空いたからその隙に。これ、あの川沿いの大通りで買ったんだ、一緒に食べようよ」
だから俺の方から訪ねることが増えた。
父上への報告や打ち合わせもついでにできるから、時間の有効活用にもなっている。
「ごめんなさい……。街の食べ物は食べるなって、ロドリックがうるさいのよ……」
「ちょっとくらいルールを破っても――あ、ダメっぽいね」
離宮の女官や近衛兵のみんなも、父上に厳しく言い付けられているようだった。
一国の王子をお腹に宿した以上、こういうのは仕方がないのかな……。
俺は冷めたアップルクレープを、母上の目の前で美味しくいただいた。
すごく羨ましそうだったから、弟が生まれたら差し入れよう。
「あなたの弟を身ごもれたのは幸せだけれど……はぁ、窮屈……窮屈だわ……」
「あと数ヶ月の我慢だよ」
俺も弟の出産が楽しみだ。
だから俺も、父上のやり過ぎな保護にも文句を言わなかった。
事実、俺の弟に何かあったら大変だ。
「僕が生まれる前もこうだったの?」
「そうよ」
「王妃様って、大変なんだね」
「大変よ。でもアリクのおかげで、最近ロドリックの帰りが早いの。夜はずっと一緒にいてくれて、まるで結婚した当時のよう……」
「そのしわ寄せが僕にきてるんだけど、僕は僕でそれを楽しんでいるよ。……リアンヌがああならなければ、もっと楽しかったんだろうけど」
頭をもう1度ぶつけたら直るとか、ギャグマンガみたいな方法でどうにかなったりしないものかなぁ……。
「大丈夫よ。あの子ならそのうち、ケロッと元通りになるんじゃないかしら」
「はは、リアンヌならあり得るね。リアンヌは僕たちの予想を裏切る天才だから」
「ふふっ、そうね、きっとそうよ。……あら、ロドリック!」
離宮に父上とジェイナスが現れた。
父上と母上は息子の前だろうとお構いなしにハグして、キスして、見つめ合う。
親がイチャイチャしているところって、どうしてこうゾワゾワとするのだろう……。
いや、俺にとっては、あの可哀想な奴隷娘が幸せを勝ち取った姿でもあるのだけど……。
「最近は事あるごとにこれです。お帰りなさいませ、アリク殿下」
「ただいま、ジェイナス。実は相談があるのだけど」
「うかがいましょう。ロドリック様には後ほど伝えておきますので」
「そうしてくれると助かるよ。それで、実はね……」
うっかりカナちゃんと押し倒してしまったあの日から、かれこれ2週間と少しが過ぎていた。
その間、俺が何をしていたかと言えば、仕事と惰性に時間を浪費してしまっていた。
「つまり、文官を一から育成……ということでございますか?」
「んー、育成というより、促成栽培かな」
「しかしいくら殿下のお望みでも、国家試験で八百長はさせられませんよ?」
「そんな不正いらないよ。実力で資格をもぎ取らせる」
俺はジェイナスに計画の詳細を語った。
かなり乱暴な方法だけど、このままだと俺自身の身動きが取れない。
だから裏技を使って、国家試験を卒業した人材を作り出す。それも大量に。
「殿下のその力は、知れ渡れば知れ渡るほど、ご自身のみにトラブルを引き起こすものかと存じます」
「わかってる。でもこれが一石二鳥なんだ」
「殿下の下を訪ねれば才能が貰える。そう勘違いする者がいずれ現れますよ……? 本当にそれでよろしいのですか?」
「ならリアンヌとの結婚式を先延ばしにしてくれたら、僕も考え直すよ」
あの状態のリアンヌと結婚式を迎えたら、元のリアンヌはガッカリするかもしれない。
人生の絶頂期の1つで、自分が自分でなくなっているのだから。
「それは難しいかと。アイギュストス大公も、リアンヌ公女殿下も、婚姻の日を今か今かと心待ちにしております」
「はぁ……。そのリアンヌは、リアンヌじゃないんだよ……」
「あの姿こそが、我々が望んだリアンヌ公女であるのですがね」
「僕は望んでない。突飛な行動で僕たちを困らせたり、驚かせたり、突然姿をくらますおてんば姫様じゃないと、僕は困るんだ……」
「フフ……それこそ困った奥様かと存じます」
「僕はそれがいいんだ」
とにかく俺はジェイナスに計画を伝えた。
それが済むと父上と母上がやっと現実に戻ってきたので、俺は息子としての役目を果たした。
1人の家族として、あちらでの出来事を語ったり、両親とのなんでもないお喋りを楽しんだ。
父上も母上もとても幸せそうだった。
「じゃ、そろそろあっちに戻るよ。寄りたいところもあるし」
「ならば城門まで送ろう」
「またきてね、アリク。最近ロドリックが城下町まで自由に歩かせてくれないから、私暇なのよ……」
「それは酷いね。うん、またくるよ」
両親に見守られて城を出ると、俺はカナちゃんとターニャさんへのおみやげを買って、さらにちょっと寄り道してから領地に帰った。
護衛? トーマ? 人力車?
今日は全部あちらに置いてきた。
急ぎたかったのもあるけれど、これから個人的なやり取りもあったから1人が楽だった。




