・秋、新市街2号区 - 2号区 -
「お、カナァァーッ! アリク殿下ととーちゃんに会いにきてくれたのかぁーっ!?」
カナちゃんを連れてきたのは、ここの現場に八草さんがいるからだ。
人前で親に猫撫で声を出されて、カナちゃんはかなり困惑してた。
「だはははっ、八草の兄貴はカナちゃんの前になると、ただのバカ親だなぁっ!」
「はっ、バカ親で何が悪い! 世界で1番かわいい娘を持ったら、誰だってこうならぁ!」
八草さんもカナちゃんも現場のみんなに人気がある。
俺は困り顔のカナちゃんを人力車から降ろして、2号区画の視察を始めた。
土地造成が終わり、区画や土台造りが始まっていた。
区画の中央に庭園を起き、二重丸の形になるよう道を造り、それを街道に繋げる。
そして二重丸の内外に、大型の集合住宅を12棟建てる。
だいたいそんな設計だ。
中央の庭園がコミュニティの中心となり、1号区画と同じくいずれは露店が立ち並ぶだろう。
さらに将来的に発展してきた頃には、馬車駅を建てたい。そうすれば完璧だ。
「どうだみんな見てくれっ! この世界で1番かわいい子がっ、俺の娘だーっ!!」
「は、はずかしい……。お父さん、やめて……」
「ほらかわいいだろ! この子は目は悪いが勘の鋭い子でな、こう見えてアリク殿下の懐刀なんだぜ! 殿下はうちの子をえらく気にいってくれててなぁ……まあ無理もねぇ! 何せカナは、世界で1番――あ痛っっ?! な、何すんだよぉ、カナァァ……ッ!?」
あっちはとても楽しそうな雰囲気だったけど、カナちゃんからすればそりゃたまらないだろう。
娘は父親を短刀の柄で突いていた。
「兄貴はマジでバカ親だな!!」
「んなことやってっと、いつかその子にウザいとか臭いとか言われんぞー?」
「八草の旦那は、これさえなければなぁ……」
「普通にうぜー」
土地造成も理想的な状態だ。
これならば土砂崩れの心配はそういらないだろう。
建物や道の配置も設計通りになっている。
これが完成すれば、これまで以上に多くの労働者を受け入れることができる。
労働者が増えればそれを当てにした商人も増える。
「カナちゃんさえ構わなければ、ここからは僕1人で行くけど……」
「よくないです……っ。よくないから、ついてきます……っ」
「まあ、そうなるよね」
「もう行くんですかい、殿下……? まだ現場の全員にカナを見せてねぇですぜ……?」
「みせなくて、いい……っ、お父さんのバカ!」
カナちゃんが人力車に飛び乗ったので、俺はみんなに手を振って、わりと好評な愛想笑いをしてから車を反転させた。
「とーちゃんが悪かった! カ、カナァ、許してくれよぉ……っ!」
カナちゃんの小さなため息にクスリと笑い、俺は次の視察先に向けて軽快な車輪を走らせた。
ベアリングシステムを作ってよかった。
こうしてただ引くだけで楽しい。
「お父さん、ふだんは、かっこいいのに……。どうして、うちのまえになると、ああなってしまうのでしょう……」
「きっと愛だよ、愛」
「ずっと……かっこいい、お父さんでいてほしいです……」
「僕はああいう、お茶目で愛情深いところがいいと思うけどな」
「よくありません……」
「僕には健康的に見える。たぶん、昔の八草さんを知っているからかな」
「ふけんこうですっ」
「そう……?」
この件についてはカナちゃんとわかり合えなかった。
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その次は盆地の休憩所に寄った。
この辺りはアイギュストス領との行き来もあってよく通るので、視察というのは建前になる。
「アリク様は、たべないのですか……?」
「僕はカナちゃんたちほど甘党じゃないからね。また今度にするよ」
「そうですか……」
ここで軽食業を商売を始めた一家に、俺は葛切りの作り方を教えた。
以前、リアンヌが食べたがっていたあれだ。
俺たちは軒先のベンチで休憩して、緑茶と、カナちゃんの方は葛切りをお茶のあてにした。
「さいしょは、リアンヌ様と、いっしょがいいんですね……」
「……特にそう決めたわけじゃないけど、今はそういう気分かも」
「つるつるで、おいしいですよ……? ほんとうに、たべないんですか……?」
「そう言われると一口食べたくなる」
「……いえ、やっぱり、あげません」
カナちゃんが大切そうに葛切りを口に運ぶ。
和装なのもあってよく似合う。
物欲しそうにこちらが見ていると、カナちゃんはなんだか楽しそうに笑った。
カナ・コマツ。
八草さんが自慢せずにはいられないほどの、すごくかわいい女の子だった。




